消して、奪って、きみだけを
「分かった。また明日ね」
「ああ、また」
恐らく事情を察しているであろう羽衣は、そう言って手を振ると教室から出ていった。
俺も手を挙げて応じ、その背中を見送る。
大丈夫なのか。
記憶は何ともないのか。
あいつに何かされていないか。
聞きたかった言葉を飲み込み、あふれてこないよう口の端をきつく結ぶ。
追いかけたい衝動に負けてしまわないよう足に力を入れた。
ここでそうしてしまったら、また立原をないがしろにしてあと回しにしているみたいになる。
たぶん、昼休みみたいなメッセージが届いたら嫌気がさしてしまうと思う。
自分のしでかしたことを棚に上げ、そんなふうに感じるなんて最悪だ。
ここ数日、勝手にフラストレーションを溜めていたことにいまさら申し訳なくなった。
羽衣の気配が消えてから鞄を手に廊下へ出ると、ちょうど向こうから若宮が歩いてくるところだった。
先に帰ったものだと思っていたから驚いてしまう。
「あれ? 意外だな、羽衣よりあの子を選んだんだ」
無視して行こうとしたのに、わざとらしく俺に笑いかけてきてつい足が止まる。
言葉の割に嫌味っぽくない言い方で、だからこそたちが悪くてむかついた。
「……どうせ分かってたんだろ」
俺ならそうすると分かっていたから、必死になって羽衣を引き留めておく必要がなかったわけだ。
とことん性格が悪い。
「じゃあ、僕は羽衣と帰ろうかな。いま追えば間に合うし」
「最初からそのつもりだったくせに」
思わず息を吐くような笑いがこぼれるが、若宮は態度を変えないまま平然と微笑んでいた。
剥き出しの敵意や警戒心に驚いたり怯んだりする素振りもない。
その余裕にますます苛立ちが募った。
優越感をひけらかしているように見えるのは、俺の心が狭いせいではないと思う。
「分かってるんだよ、おまえの本性と秘密は。笑ってられるのもいまのうちだぞ。羽衣の前でその化けの皮剥いでやる」
威勢よくそう啖呵を切れば、羽衣までもが記憶の秘密に気づいていることを隠し通せるはずだ。
いや、正直そんな冷静な思惑だけじゃなく、ただこの余裕を切り崩したいという思いに駆られた部分もあった。
しかし、俺は本気だ。
羽衣が受け入れて許したって納得がいかない。
どんな過去があろうが、事情があろうが、若宮がやっているのはただの独りよがりな押しつけだ。
ふっと笑った若宮は白々しくも首を傾げる。
「何の話?」
そんなふうにしらばっくれれば逃れられるとでも思っているんだろうか。
羽衣の記憶は消せても、俺や日和が覚えている。
忘れさせられた羽衣にだってその残滓は残る────それはこいつにとって誤算でも、俺たちにとっては希望だ。