消して、奪って、きみだけを

 少しずつ思い出している、と言っていた通り、忘れても完全に消えることなくどこかに残っているわけだ。

 記憶をつぎはぎしても、綻びは誤魔化しきれないから。
 いずれは、あるいは何かきっかけがあればほつれる。

 怖いものなしだと思っていた若宮の力の抜け穴はそこにある。

「気持ちは分かるよ」

 口をつぐんだ俺を眺め、ふと笑みを深めた。
 笑っているのになんて冷ややかなんだろう。

「辛いよね、きみの立場……いまとなっては、友だち()()()羽衣のそばにいられるわけだし。きみにはその関係を守り続けるしかない。残酷だよね」

 心に刺さったまま抜けなくなっていた針を、いっそう強く押し込まれた気がした。

「……あ?」

「でもね、これがあるべき形なんだよ。あの頃から決まってた。羽衣の隣にいるべきは僕だ。きみはただの“代わり”」

 傷が広がり、次第に(ただ)れていく。

 嘘くさい笑顔にも非情な言葉にも苛立つのに、だんだんその理由が分からなくなってくる。

 腹を立てたら、若宮の言葉を認めているも同然じゃないのか。

「僕がいない間、羽衣の孤独を埋めてくれてたことには感謝してる。でも、僕が戻った以上もう必要ない。きみの役目はおしまい」

 色を深めた双眸(そうぼう)の暗さに情けなくも気圧(けお)されてしまう。
 広がって(ただ)れた傷口をかき混ぜ、容赦なく塩を塗りたくってくる若宮を()めつけた。

「分かるよね? 羽衣が言うから仕方なく我慢してるけど、僕はそこまで寛大な人間じゃないから……。そろそろわきまえてくれると助かるんだけど」

 羽衣のためにも────と耳元で囁かれ、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
 同時に強く握り締めた拳が震える。

「……っ」

 ここでこいつに掴みかかっても、殴りかかっても、得られるものなど何もない。
 それこそ図星だと示してしまうようなものだ。

「……あの日の帰り、ワッフルは美味しかった?」

 流れた雲が太陽を覆い隠して陰ったように、すっと若宮の顔から笑みが消える。
 その言葉に弾かれたように顔を上げた。

「おまえ、それ……何で」

 ばか正直にも瞳が揺らぐのを自覚する。

 言わずもがな羽衣と帰ってコンビニに寄った日の話だろうが、なぜ若宮がそれを知っているんだろう。
 “内緒”と言っていた羽衣がわざわざ話すとは思えない。

 だとすれば、まさか近くに潜んで見聞きしていたとか。
 どこから、どこまで……?

 思考が渦巻き、疑念や不信感が膨れ上がっていく中、氷よりも冷たく()てつくような眼差しを突き返される。
 ぞくりと背筋が冷えた。

「ああいう、似合わないことはやめてくれるかな。……虫唾(むしず)が走る」
< 147 / 186 >

この作品をシェア

pagetop