消して、奪って、きみだけを
     ◇



 ひとりでバス停への道を歩いていると、ふいに後ろから「羽衣」と呼びかけられた。
 振り向いた先にいたのは叶人くんだ。

「叶人くん?」

 驚いているうちに歩み寄ってきた彼は、当然のようにわたしの手を取って握る。
 自然と心が緩んでいくのを実感しながら歩き出した。

「先に帰るんじゃなかったの?」

「そのつもりだったけど、やっぱり羽衣と一緒にいたくて。……用事も済んだことだしね」

 いつもの甘い微笑みにカラメルみたいな苦味が混ざり込んだ気がしたけれど、きっと思い過ごしだろう。

 そんなことを思っていると、ぎゅっと手に力が込められる。

「……羽衣は、僕のこと好き?」

「えっ?」

 突然の問いかけに驚いて彼を見上げると、それこそ焦がれたような切なげな眼差しに捕まった。
 ゆらゆらと微かに揺れる瞳はどこか不安そう。

「突然どうしたの……?」

「答えてよ。ねぇ、好き?」

 いつになく余裕がなさそうな声色が追い討ちをかけてきて、わたしの鼓動は加速の一途(いっと)をたどる。
 彼の求めるその答えを返すまで離してくれなそうだ。

(どうしよう)

 足を止めたわたしは少しの間考えてから、そっと控えめにその背中に腕を回した。
 息をのんだ気配が間近でして、隙間を埋めるように寄りかかる。

「……好きだよ」

 照れくさくて気恥ずかしいのに、それ以上に切実だった。
 わたしの想いがまるごとぜんぶ届いて欲しいと願う。

「羽衣……」

 思えば、いつも叶人くんは惜しみない愛情表現でわたしを安心させてくれていた。
 先にくれるのはいつだって彼で、わたしはそれを受け取るばかりだった。

 だから、不安にさせてしまったのだろう。
 涼とのことも、わたしを優先してくれる叶人くんの寛容さに甘えて、少なからぬ我慢を見過ごしてきた。

「ごめんね。わたし、叶人くんの気持ちに鈍感になってた」

 伝えなければ伝わらないという当然の(ことわり)を忘れて、傲慢(ごうまん)にも安心しきっていたことを恥じ入る。

 叶人くんはそばにいてくれる、と。
 その安心は彼にも同じ以上に返さなければ意味がないのに。

 おろそかにしたせいで、またわたしが彼を悲しませてしまった。

 涼が羨ましい、と言っていたことを思い出す。
 彼の存在だって、わたしと涼の関係だって、叶人くんと会えなかった間の“知らない出来事”の象徴だ。

 自分の知らないところで流れていた相手の時間。
 それはあって当然なのだけれど、知らないということを自覚させられるとひどく寂しくなる。

 叶人くんが離れ離れになってからのことをあまり語りたがらないのは、だからかもしれない。
 わたしが寂しく思わないように。不安にさせないように。

 本当にそうならどこまで優しいんだろう。
 そして、その優しさと甘やかな笑顔の裏に何を隠しているんだろう────。
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