消して、奪って、きみだけを
にこやかに続けられるけれど、反対にわたしの頬は強張ってしまう。
涼と帰ったあの日のことが、砂を撒いたみたいに自ずと脳裏をよぎる。
あんなことはいままでだって何度もあったし、叶人くんに隠していたわけでもない。
けれど、先ほどの様子を目の当たりにした以上、好意的に受け取ってくれるとは思えなかった。
それに、どうして知っているんだろう。
ワッフルのこともそれを半分ずつ分けたことも、どうして叶人くんが……?
あのとき、近くにいた?
まさか、そんなはずない。
だけど、もし話を聞かれていたら……。
「……いい子。羽衣は素直だね」
「あ……」
とっさに直感的な危機感を覚えて離れようとしたのに、回された彼の腕の力の方が強かった。
頬に添えられていたもう片方の手が頭に触れる────。
(あれ……)
瞬いた一瞬、ふわっと意識が飛んでいたような感覚があった。
叶人くんの腕の中にいると再認識すると、思い出したように顔が熱くなってくる。
「あ、あの。叶人くん……!」
これ以上はわたしの心臓がもたない気がして、身じろぎすると腕がほどかれた。
どうしてか突然やきもちを妬いたみたいに不安そうにした叶人くんを安心させようと、自分の取った行動をありありと思い返して身体じゅうが焦げそうになる。
あんなに大胆なこと、やれと言われてももうできない気がする。
落ち着かない鼓動をおさえようと胸に手を当てるわたしを眺め、彼はくすりと笑った。
「……化けの皮を剥がす、ね。やれるものならやってみなよ」
聞こえるか聞こえないか程度に小さく呟かれた言葉に、眉を寄せて叶人くんを見やる。
わたしではない誰かに、何かを言ったみたい。
「え?」
「何でもないよ。帰ろうか、羽衣」
◆
翌朝、教室の戸枠部分に羽衣が見えた瞬間には立ち上がっていた。
その隣には若宮の姿もあったが、なりふり構っていられない。
「あ、涼。おはよう」
「ちょっと来てくれ」
暢気に挨拶を返す余裕もなく、その手を掴む。
ブレスレットのチャームが揺れて微かな音を立てた。
「えっ? ま、待って」
戸惑う羽衣の手首を、返答を待たずして教室から連れ出そうと引いた。
とてつもなく嫌な予感がして、焦燥に心をすり減らされる。
若宮の横をすり抜けようとした瞬間、俺の手から感触が離れた。
強引に引き離した若宮は不快感を隠そうともせずに鋭く見据えてくる。
「何のつもり? 羽衣を困らせるのはやめてくれるかな」
もう欺瞞の微笑みを浮かべるまでもなく、敵意と拒絶を剥き出しにした眼差しだった。
しかし、いまさらそんなものに怯みはしない。
遠慮なんかしている場合じゃない。
この内側から胸を削いでくるような嫌な予感に気が急くほど、羽衣を守らなければならないという使命感が強まっていく。
「正直に言えよ。困ってるのはおまえの方だろ?」
負けじと険しい眼差しを突き返した。
「このまま行かせたら、せっかく消した記憶が俺のせいで戻っちまうかもしれねぇもんな」