消して、奪って、きみだけを
そう言うと、ぴくりと若宮の眉がひそめられる。
珍しく不機嫌なようだが、それを隠す仮面をつける余裕すらないらしい。
「それとも、妬けるから俺とふたりにはしたくないわけか? 俺と羽衣は友だちだからいままで通りでいいって、気にしないって言ってたって羽衣から聞いたけど。寛容なふりしてかっこつけといて、いまさら許せなくなったか?」
あえて挑発でもするかのように俺は言った。
ついせせら笑うように意地の悪い言い方をしたのは、どうしても昨日の仕返しをしないと気が済まなかったからだ。
そんな些細な対抗心、いつもなら平然と笑って流しそうなのに、若宮は心底不愉快そうに目を細めた。
「な、何の話?」
おろおろと羽衣が俺と若宮を見やって不安気に言う。
その様子を見て、嫌な予感は当たっていたと確信した。
やっぱり羽衣はまたしても記憶を消されている。
「……いや、こっちの話だ。気になるなら若宮に聞いてくれ」
「ううん、羽衣は気にしなくていいよ」
ぱっと笑みを貼りつけ、間髪入れずに羽衣に向き直って若宮が言う。
困惑しながらもとりあえず大人しく頷いた羽衣を見て、悲しみとも怒りとも振り分けられない暗色の感情に覆われた。
罪悪感のせいか若宮の接し方のせいか分からないが、飼い慣らされているみたいで嫌になる。
しかし、そう思った次の瞬間には、羽衣は自ら枷を外していた。
「でも、少し涼と話してくるね」
確かめたり願い出たりするわけでもなく、そう言いきったのが意外だった。
若宮も同様だったのか一瞬、微笑みが途切れる。
「あ……その、ちょっとだけ待ってて」
そう言って若宮の手をぎゅっと握ってから、羽衣は促すように俺の方に目をやる。
はたと我に返った俺はそんな羽衣とともに廊下を進み、バルコニーへ出た。
透けた雲に覆われる空は淡くて、何となく近く感じられる。
柔らかに晴れているが、その陽気を悠々と堪能している場合じゃなかった。
「それで、どうしたの? わたしに急用でもあった?」
不思議そうに首を傾げる羽衣は、やっぱり肝心の記憶を失っているようだ。
さっき、あいつに流されるのではなく俺を選んでくれたのはただの偶然────というより、もしかしたらそれも羽衣の中のどこかに眠る残滓の影響だったかもしれない。
それを喜ぶべきか、所詮は悪あがきなのか。
焦燥が少しずつだけれど着実に俺の身を焦がしていく。
「おまえさ、どこまで覚えてる?」
「どこまで、って……」
「俺と帰った日のことは?」
羽衣の反応は芳しくなかった。
聞けばどうやら一緒に帰ったことそのものは覚えていても、話した内容もワッフルのことも忘却の彼方らしい。
その日の出来事を改めて伝えても、他人事とまではいかないながら、思い当たらないせいで想像するしかなく混乱を極めている様子だ。