消して、奪って、きみだけを

「ごめん、わたし……全然覚えてなくて。これも涼が言うには叶人くんの仕業ってことなんだよね?」

「そうだ、記憶が不自然に抜け落ちるのはあいつのせいだった」

 冷静にそう言いながらも、心の中で思い知らされる。

 こうして一から十を語れば記憶なんて消されても簡単に取り戻せると高をくくっていたのに、実際にはそんなことなかった。
 羽衣がそのことを思い出したような気配はない。

 空白を補う文脈は与えられても、文そのものは消えたまま。
 出来事の輪郭は教えられても、その細部は見えないまま。

 だから俺の言葉から想像するしかないのだが、それを真実として受け取るかどうかは羽衣次第になる。
 それでも、愕然としながらも信じてくれたのは幸いだった。

「……で、問題はここからなんだけど」

 自ずと眉根に力が込もり、声が硬くなる。

 (さか)撫でするように露骨(ろこつ)に煽ってきたあいつの笑みが、言葉が、蘇るとどうしても危機感を覚えずにはいられない。

「その一緒に帰った日、もしかしたらあいつにつけられてたかも」

「え、どういうこと?」

「なぜか知ってたんだよ、ワッフルのことも……。つか、そのときの話を聞いてたからこそ、おまえはその記憶を消されたんだと思う」

 そう言ってから、いまになって別の焦りが生じた。
 若宮のあの様子では、いまもまたどこかに隠れて盗み聞きしているかもしれない。

 バルコニー内に人影はないし、教室に置いてきたのに俺たちより先にいるなんてことはありえない。
 追ってきた可能性を警戒して扉を開けてみたけれど、廊下側に若宮の姿はなかった。

 ひとまずこの会話を聞かれていなかったことにほっとする。

「聞かれてたって言っても、きっと気配はなかったんだよね? 会話が聞こえるほど近くにいたならさすがに気づくと思うけど……」

 難しい表情でそう言った羽衣が、何気なく鞄を持ち直した。

 それもそうだ。
 特別大きな声で話していたわけでもあるまいし、ある程度寄らなければ普通は聞こえない。
 そして近くにいたなら俺たちが先に気づくはず。

 だったら、なぜ若宮は知っていたんだろう。

 あいつにとって不都合な、そして不愉快な記憶をこうしてピンポイントに消せたのはなぜ?

 解せない気持ちでそんな疑問にぶつかったとき、ふと羽衣の鞄に揺れるマスコットに目が留まった。
 桜色のくまのつぶらな瞳に視線を吸い寄せられるように。

 ────見た? 羽衣の鞄、マスコットが増えてた。

 そんな日和の声が耳元で聞こえた気がした。
 はっと目を見張ると、くまを掴む。

「なに……?」
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