消して、奪って、きみだけを
申し訳ないような気持ちが込み上げてきて、彼の方に目をやった。
────記憶が不自然に抜け落ちるのはあいつのせいだった。
そんなふうに言っていた涼の言葉がよぎる。
叶人くんが自分に都合のいいようにわたしの記憶を消しているという事実も、そんな不思議な力のことも、一旦は飲み込んだけれど完全に受け入れられたわけではなかった。
だって、そんなのまるで叶人くんがわたしを欺いているみたい。
実際に記憶が抜け落ちていたのは確かだけれど、彼が悪意を持ってそうしているなんて、わたしには信じられない。
きっと、何かもっともな理由があるはず。
わたしの記憶ごと消して見ないふりを続けていくんじゃなくて、きっといつかは話してくれるはず────。
わたしはそう信じたい。
その席に歩み寄ると、わたしに気づいた叶人くんが顔を上げる。
「……おかえり、羽衣」
そう微笑みつつ耳に挿していたイヤホンを外す。
珍しく音楽でも聴いていたのだろうか。
「うん、ただいま。なに聴いてたの?」
「英語のリスニングだよ」
さすがの答えに率直に感心してしまうと、ふと叶人くんの手が伸びてくる。
頭を撫でられるかと思ったけれど、その感触が直接触れることはなかった。
「……曲がってた」
どうやら、ヘアピンを直してくれたみたい。
文化祭の日に叶人くんがくれたあのリボンだ。
「あ、ありがとう」
触れることを何だか当たり前のように期待していた自分が恥ずかしくて、頬が熱くなった。
知らない間に随分と欲張りになっていたみたいだ。
そんなわたしの内心を見透かしてか、叶人くんはふっと小さく笑う。
「せっかくだから、また結んであげる」
「いいの?」
そんな申し出がうれしくて顔を綻ばせると、ふわりと優しく微笑み返された。
「もちろん。座って前向いてて」
空いていた彼の前の席を借りて腰を下ろすと、彼の手が髪をすくう。
梳くように通した指の隙間から、さら、とこぼれ落ちた。
「……いいにおい。羽衣の髪」
す、と首筋に顔を寄せられた気配があって心臓が跳ねる。
振り向こうにも髪を持たれているからできなくて、どきどきしたまま「そ、そう?」と聞き返した。
「なに、話したの? 篠崎くんと」
低く掠れた声がいつもより近くで聞こえて、息が止まりそうになる。
切なげな響きはたわむような余韻を漂わせ、鼓動の隙間に滑り込んできて絡みついた。
「た、大したことじゃないよ。普通の話」
「僕には言えないような話……?」
耳にかかった息がくすぐったくて、思わず身を硬くする。
半分だけ顔を動かしたら、覗き込むような上目遣いで見つめられて胸が焦げた。
(また、不安にさせた?)