消して、奪って、きみだけを

 そうさせないように手を握って“待ってて”と伝えたけれど、彼には全然足りなかったみたいだ。

 悲しませると思って伝えなかったマスコットのことも、叶人くんを疑っていないことを示すために秘密にした涼の話も、もしかしたらぜんぶ逆効果なのだろうか。

「……なんて」

 ややあって、叶人くんの表情がほどけた。

「言わなくていいよ。……分かってるから」

 そう言って頭に触れ、優しく髪を撫でられる。

 熱を帯びた指先にぜんぶ溶かされていくみたいに、ふわりと心が緩んでいった。



     ◆



 放課後、昇降口で羽衣が下りてくるのを待った。
 若宮も一緒なら、もう早いところ盗聴器という物証で問い詰めてやりたい。

(……その前に謝るのが先か)

 いくら盗聴器が仕込まれているからと言っても、羽衣の大事にしていたマスコットを勝手に持ち出し、挙句はさみで切り裂いたなんてあまりに一方的すぎる。

 そんなことを考えていると、ちょうど階段から羽衣が姿を現した。
 しかし、若宮は見当たらない。

「羽衣」

 顔を合わせるなり今朝の出来事を責められることも覚悟していたのだが、俺を認めた羽衣は「あ」と表情を緩めて歩み寄ってきた。

 心苦しく思いながら、ポケットに手を突っ込む。
 もはや残骸と化してしまったくまを掴んだが、取り出す前に羽衣が口を開く。

「あのね、くまのマスコットがなくなっちゃったの……。どこかに落としたのかな。涼、見てない?」

 金縛りに遭ったみたいに身体が動かなくなった。
 信じがたい気持ちで凝視する。

「おまえ、また記憶が……」

「記憶?」

 きょとんと目を(しばたた)かせる羽衣は、どうやら今朝の記憶まで綺麗さっぱり失ってしまっているようだった。

 考えてみれば当然だろう。
 あのときも若宮は盗聴していたはずで、俺と羽衣の会話は筒抜けだった。
 不都合な事実を忘れさせたに決まっている。

 ぎり、とたまらず奥歯を噛み締めると、きつく握り締めた拳を横の壁に打ちつけた。

「くそ……!」

 ぶつけようのない怒りにわななき、顔を歪める。

 腹が立つ。
 若宮の身勝手さにも、自分の無力感にも。

 突然のことに驚いてびくりと肩を跳ねさせる羽衣はとっさにあとずさる。
 はたと我に返った俺は、悔しさを紛らわせるように髪をかき混ぜた。

「悪い……」

「う、ううん。どうかしたの?」

「……何でもねぇよ」

 失った記憶を都度取り戻してやれば、若宮がどれだけ手を回そうとその思惑を上回れると思っていた。

 しかし、実際にはどうだ。
 説明したって取り戻すにも至らず、ただ言われるがままに出来事の輪郭をなぞっているだけ。

 そんなのただの想像だ。
 俺の目を通して映る世界が妄想じゃないと誰が証明できるだろう。

 穴の空いた器に延々と水を注ぎ続けているような手応えのなさだった。
 いたちごっこにすらなっていない。
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