消して、奪って、きみだけを

「涼はもう帰るところ? あ……そういえば、美怜ちゃんは?」

 おずおずと窺うように言う羽衣は、あたりを見回して立原を捜す。

「ああ……今日は大丈夫なんだと。先帰ったんじゃねぇかな」

 この間は不機嫌になっていたくせに、今日はやけにあっさりとしている。

 俺と一緒にいると自分まで若宮に警戒されかねないから、と言っていた。
 いまさらな気もするが。

 しかし、もしや立原も本気で羽衣を心配してくれているのだろうか。

 やっぱり意外ではあるものの、()り固まったような立原の心がよい方向へ変わりつつあるなら、その変化は喜ばしいことだった。

「そうなんだ。叶人くんも“今日は用事があるから先に帰って”って」

「若宮が?」

 つい懐疑的に聞き返してしまう。
 やけに都合よく、羽衣との時間が巡ってきたものだ。

 今朝、あんな応酬(おうしゅう)を経たのにこうも簡単に俺と羽衣がふたりになることを許すなんて意外だ。

 不都合なことを吹き込まれても、こうして羽衣から記憶を奪えば済むからだろうか。
 あるいは────。

「ちょっとごめんな」

 そう断ってから、羽衣の鞄に手を伸ばした。
 そこに揺れる垂れ耳のうさぎのマスコットに触れる。

 力を込めて押してみるものの、あのくまのような硬い手応えはない。
 ふわふわの毛並み通り柔らかくて、中に何か入れられているようには思えなかった。

 保険としてまだほかの盗聴器が仕掛けられているのかと警戒したが、どうやらそんなことはないらしい。

「……どうかしたの?」

「いや、気にすんな。帰ろうぜ」

 そう促して歩き出す。
 どうせやっぱり、俺が何を言おうと記憶さえ消してしまえば怖くないと(おご)っているにちがいない。

(大丈夫だ、羽衣。あいつが異常だってこと、明日には俺が証明してやる)

 羽衣の前で、化けの皮を剥いでやる────そんな宣戦布告を有言実行する。

 羽衣を守るためでもあり、日和の(とむら)い合戦でもあり、俺にとっては絶対に譲れない信念の証明だ。

 ポケットの上から盗聴器を握り締め、強い覚悟を決めた。



     ◆



 屋上のふちに立ち、目を閉じる。
 風が肌を撫で、髪を揺らして通り過ぎていった。

 囲むようにフェンスが張り巡らされているが、それほど高さはなく簡単に乗り越えられるだろう。
 生と死の境界線なんてそれくらい曖昧で危うい。

 キィ、とふいに軋んだドアの音がして目を開ける。

「……何か変な感じ」

 振り返ると、そう呟いた彼女の背後でドアが閉まった。

「メッセージでは話してたけど、こうして面と向かって顔を合わせるのは久しぶりな気がする。何年ぶりだっけ」

 相変わらず単調な語り口で、美怜が言いながら歩を進めてくる。
 足を引きずる姿は痛々しく、ここまで上ってくるのも大変だったはずだ。
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