消して、奪って、きみだけを

 彼女の前で僕にその物証を突きつけることで、僕の所業を暴くことで、傷つくのはほかでもない羽衣だ。

 あの子は優しいから、疑うことに耐えられない。
 きっと、事実を知ったって“自分のせい”だとすべて引き受けようとするはず。

 好きな子を守りたい健気(けなげ)な心意気は買うけれど、彼が握り締めているのは諸刃(もろは)(つるぎ)
 化けの皮を剥がす、なんて、独りよがりの凶暴な正義感は羽衣を傷つけるだけなのに。

 僕は、傷も痛みも羽衣に負わせたくない。残したくない。
 余計な感情で羽衣を苦しませたくない。

 だから、消すことで癒してあげているのに、責められる筋合いなんてどこにある?

「ともかく、ありがとう。今回も助かった」

 その感謝自体は本心なのだが、美怜は眉を寄せて難解な表情をする。

「……分かってると思うけど、わたしは別に善意で動いてるわけじゃない。叶人のあの子への想いや理想は、むしろ理解に苦しむよ」

「分かってる。別にどう思ってくれたって構わないよ」

 美怜に共感や許可を求めているわけでもあるまいし、彼女でなくとも羽衣以外の人間からのそんなものはいらない。
 いっそ世界を閉ざしてしまいたいくらい。

 それから、ふと美怜の足に目をやった。
 ある意味で当たり前と言えば当たり前だが、治る気配はまったくない。

「僕に言わせれば、彼を繋ぎ止めるために嘘をつき続けて、挙句、自ら自分の身体を傷つけてるきみの方が理解できない」

 彼女もまた僕と同じように、最初から共感など不要だと言わんばかりに平然と頷いた。

「まあ……お互いさまだね。叶人は彼が邪魔で、わたしはあの子が邪魔。それだけのことでしょう」

「じゃあ、もっと彼の足止め頑張って。羽衣に近づけないように。……じゃないと、最悪の選択をすることになる」

 冷ややかに言うと、息をついて退屈な空を仰ぐ。

 別に美怜への脅しでも何でもなく、単なる可能性の話だ。

 僕が“忘れて欲しい”と思う記憶と、羽衣を苦しませないために取り除くべきノイズ────その境界もまた、生と死の境目くらい曖昧になりつつある。

 羽衣の苦痛を和らげたい。

 自責や感情の揺らぎで思い詰めないよう、守ってあげたい。

 僕を地獄から救ってくれたみたいに、今度は僕が羽衣を助けたい。

 その思いは一切揺らぐことなく変わらないのに、“最悪の選択”が誰にとってのものなのか、いまの僕は答えられなくなっていた。
< 161 / 190 >

この作品をシェア

pagetop