消して、奪って、きみだけを
「えっと……ごめん、何の話?」
俺以上に困惑した様子で苦く笑い、羽衣は首を傾げる。
なかったことにして穏便に済ませようだとか、そういう無理をしているような雰囲気ではなかった。
「何の、って覚えてねぇの? 今朝のことも、マスコットや盗聴器のことも」
「え?」
ものものしい単語が飛び出したからか、その表情がわずかに強張る。
それでも、初めて聞いたような妙なリアクションだ。
困ったように見つめ返してくる眼差しを受けて確信した。
「……記憶を消されたのか、また」
どうやら、いつの間にかまた記憶が抜け落ちたらしい。
少なくとも今朝のことは忘れさせられているし、マスコットや盗聴器の話にも思い当たらないということは、昨日の放課後と同じ状態だろうか。
しかし、これはどういうことだろう。
なぜ若宮は今朝の記憶を消したんだろう。
残しておいた方が、あいつにとっては都合がよかったはずなのに。
「記憶って……どういうこと? 消された?」
羽衣は驚きと戸惑いに明け暮れている様子だった。
あいつに疑いを抱いても、そのたびにリセットされて振り出しに戻されるわけだ。
いや、羽衣自身は別に若宮に対して不信感なんて持っていないだろうが、それでも疑惑も危機感も持続しない。
重たく息をつく。
やっぱり、諦めるわけにはいかない。
俺にできることをするしかない。
「……いいか、羽衣。よく聞いてくれ」
────かくして、若宮の恐ろしい能力や実際に消えてしまった記憶のことを説明した。
その危うさや執着じみた偏愛に至るまで。
マスコットのことも今朝の一連の出来事も包み隠さず伝えると、羽衣の瞳がゆらゆらと揺れる。
結果的に俺が傷つけたのは間違いないが、忘れて欲しいとさえ願ったが、嘘なんかつけなかった。
覚えていないのをいいことに都合よくねじ曲げて伝えたら、それこそ若宮がやっていることと同じだ。
俺は、あいつとはちがう。
そこにはただ事実があるだけで、どう受け止めるか決めるのはほかでもない羽衣だ。
羽衣自身の意思と選択であるべきなのだ。
「そんな、ことが……」
「悪かった、本当に。嫌な思いさせて。取り返しのつかねぇことした」
いっそ怒って欲しい。
良心が咎める、このせせこましいような罪悪感から逃れたいがためのわがままだが。
「……ううん。悪気があったわけじゃないっていうのは分かった」
いくら記憶そのものが残っていなくても、さすがに落ち込んではいるようだった。
許す、とも、許さない、とも言わないで視線を落とす。
「でも────」
そう何か言いかけた羽衣が、突如として顔を歪めた。
額に手を添えるようにしてたたらを踏む。
「……っ」