消して、奪って、きみだけを
「羽衣? どうした」
思わず手を伸ばした瞬間、はっと息をのんだように勢いよく顔を上げた。
揺らぐような浅い呼吸を繰り返し、目を見張って俺を捉える。
「あ、わ、たし……」
「羽衣……?」
明らかに様子がおかしい。
動揺しているのか視線をさまよわせ、思い出したかのようにブレザーのポケットに手を入れた。
そこにはあのくまが入っていたようで、羽衣は取り出したそれをまじまじと見つめる。
「おまえ、それ────」
「そうだ、そうだった。今朝……涼がこれを持ってきたんだよね」
今度は俺が驚いて目を見張る。
確かめるような口調でもなく、起きた出来事をなぞるような言い方だった。
「思い出したのか?」
「うん、思い出した。今朝のこと……。そっか、だから涼は叶人くんの仕業だなんて言ったんだね」
その言葉に、あの失望に染まりきった目を思い出してどきりとする。
心臓をつままれたような心地がした。
しかし、いまのは落胆しているとか責めているというような声色ではなかった。
ただ腑に落ちたといった具合に呟く。
「……怒らねぇの? マスコットのこともだけど、あいつを非難したことも」
おずおずと窺うように見ながら、たまらず尋ねた。
「怒るっていうか。悲しくないって言ったら嘘になるけど……涼はずっと一貫してるし、わたしもまったく信じられないってわけじゃないから」
言葉を選ぶように慎重に羽衣が言う。
正直なところ、意外だったがほっとした。
好きだからと言ってあいつを盲信しているわけではなかったのだ。
実際に失っていた記憶が戻ったことで実感が湧き、俺の言葉に説得力が増したのかもしれない。
先に事実や本心を包み隠さず伝えていたことで、理解が及んでくれたのだろうか。
いや、そうじゃない。
羽衣はずっとそういうやつだった。
俺が若宮を否定するたび、羽衣の想いごと貶めるようなものだったはず。
板挟みのような辛い立場に置かれていたのに、最終的には俺の言葉にも耳を傾け、理解しようとしてくれて。
俺だけじゃない。
若宮に対しても、誰に対しても、うずくまっていると手を差し伸べるどころか隣に屈もうとするから────。
あいつへの危機感がないわけでも、届いていないわけでもなかった。
判断材料になる記憶が抜け落ちてしまえば無条件で信じる方へ傾くかもしれないが、こうして冷静に説いたとしても、だから若宮が悪だと断じることはしない。
その優しさにどうしようもなく惹かれて、同時にとてつもなくもどかしくなる。
「でも、どうして思い出せたのかな。これまでも少しずつ記憶が戻ることはあったけど……」
「きっかけさえあればやっぱ戻るんだな。鍵が合えば箱が開くって感じか」
何が正しい鍵なのかは誰にも、きっと若宮自身にも分からないだろう。
しかし、これは俺にとって希望だった。