消して、奪って、きみだけを
消された記憶を俺が一から教えたところで取り戻せるわけじゃないのだと分かったときは、無力感に押し潰されそうになった。
闇雲に起きた出来事を話すだけじゃ記憶は戻ってくれない。
しかし、それは手当たり次第に鍵を投げつけていただけだから箱が開かなかったわけだ。
「もしくは、消されてからそう時間が経ってないからとか」
そんな憶測を続ける。
今日に関しては、当日中という意味ではまだ記憶を消されてから間もない。
そういう影響もないとは言いきれなかった。
「何にしても、ここまで来たらほとんど確定だな」
「なに?」
「あいつの能力は……羽衣、おまえにしか使えない」
記憶を消すことができる対象は羽衣だけ。
そうでなければ、俺や日和、周りのほかの人間の記憶をいじった方が早い。
俺と日和にここまで疑いや敵意を向けられているのは、厄介なものだろう。
思惑が透けてしまう前に、そんな感情ごとさっさと忘却させるに越したことはない。
それなのに放置しているということはやっぱり、できないからだと考えるのが自然だ。
「それと、あくまで“消す”ことしかできねぇってこと。書き換えたりとかそんな便利なことはさすがに無理」
「そっか、そうだね。わたしが忘れてることはあっても、記憶が食い違ってることはないから」
それもあるが、そもそも改変までできるのなら、わざわざ実際に羽衣を囲い込むべく動く必要なんかない。
高橋のときも、グループワークのときも、文化祭のときも────書き換えられないからこそ、自ら動いて既成事実を作る必要があったわけだ。
危機に瀕した羽衣を、自分が助けたというストーリーを演出するために。
「書き換えることまではできなくてまだよかった、って言うべきかどうか……。そうじゃないからこそ、ひとを利用するんだよな」
「利用?」
思わずこぼしたひとことに、羽衣が眉を寄せた。
穏やかならない響きに怯んでいるようだ。
「あいつが現れてからおかしな事件が続いただろ。それに巻き込まれたやつらも、あと……立原も」
日和だってその被害者ではあるが、日和自身の強い覚悟を思うと、勝手に羽衣にすべて打ち明けてしまうことはためらわれた。
ふたりの誤解やすれ違いももどかしいものだが、それはいま俺が首を突っ込んでとやかく言うことではないはずだ。
「美怜ちゃん……?」
驚いたように聞き返してくる羽衣に頷く。
「ああ、立原は若宮とグルだったんだよ」
静かにそう告げると、衝撃を受けたように目を見張った。
その意味を咀嚼するように少しの間考え込み、ややあって紡ぐ。
「そっか、それで……。そのことを涼に知られたから」
ひとり何かに納得したように呟くが、いったい何の話だろう。
そのことを俺に知られたから、何だ?