消して、奪って、きみだけを
また水面下で新たな罠でも動き出しているのだろうか。
そんな薄ら寒い予感を覚える傍ら、脳裏に焼きついて離れない羽衣の泣きそうな表情がよぎる。
その記憶が消えて結果的に救われたのは俺だけじゃなく、羽衣もそうだ。
先ほどの様子を思い返してそんなことを思った。
(……いや、ちがうか)
そういう解釈なら、むしろ俺の方が副産物だ。
若宮の行動原理はすべて羽衣へと集束しているのだから。
ということは────今回は、羽衣のために記憶を消した?
羽衣を思い煩わせないために?
ふいに月の裏側を目にしたような感覚だった。
記憶消去はすべて自分のためだと、都合よく事実をねじ曲げるためだと思っていたのに。
ますますあいつのことが分からなくなってきた。
そもそも、どっちが表でどっちが裏だったんだろう。
◇
「週末、羽衣の家に泊まりにいってもいい?」
帰り道、ふいに思わぬ申し出を受けて驚いたまま叶人くんの目を見つめた。
ゆったりと優しい微笑みが返ってくる。
(ど、どうしよう)
心臓が跳ねて騒ぎ出す。
言葉や眼差しの奥に潜む甘い気配に、そわそわ落ち着かない。
だけど、動揺しているのはほかに理由があった。
『その……盗聴器のことも本当なの?』
『本当。残念ながら証明はできねぇけど、あいつが仕掛けたって俺は言いきれる』
いまは少し、叶人くんとどう接するべきか分からなくなっていた。
涼の言う通りなら、想いゆえだとしてもどうしたって笑って許せる話じゃない。
わたしが何か不安にさせるようなことをしたのだろうか。
誰と何を話して、何を覚えていて何を忘れているのか、記憶も含めて何もかもを管理していないと安心できないほど?
ひどく悲しい話だった。
それじゃまるでわたしを信じてくれていないみたい。
(それなら……突然泊まりだなんて、見張っておきたいからじゃないよね?)
盗聴器という手段を失ったから、今度は自ら監視していないと不安でたまらないということなんじゃないだろうか。
そんなふうに考えてしまうことが何よりも悲しかった。
「急だったかな。ただ、少しでも長く一緒にいたくて。……だめ?」
「だ、だめとかじゃないけど……」
寂しそうに首を傾ける叶人くんに慌てる。
その表情と聞き方はずるい。
何となく確信犯な気がするのに、見事に揺さぶられてしまうから悔しい。
────前に涼が言ってたでしょ? 再会は偶然か、って。
(……あれ?)
ふいに蘇ってきたのは、いつかのわたしの言葉。
じりじりと焼けるようなノイズが頭の中に走る。
────それが、偶然じゃなかったの。わたしがこの学校にいるって知って、だから自分から転校してきたんだって。