消して、奪って、きみだけを
どうしてか、なんてとっさに誤魔化したけれど、いまなら分かる。
叶人くんが記憶を消したからだ。
どうしてわたしたちの思い出ごと捨て去るようなことをしたんだろう。
いまに繋がるまでの想いもルーツもすべて、わたしには文脈のない結果としてしか残っていない。
彼への罪ごと忘れてしまったから、お陰でわたしを苦しめていた罪悪感も消えた。
だけど、それで救われたなんて思っていいわけがない。
辛い記憶に蓋をして、わたしだけがのうのうと幸せに溺れるわけにはいかなかった。
ほかでもない叶人くんのそばにいたいのなら、なおさら。
『……忘れてる方が幸せってこともある。別に無理に思い出す必要もないわよ。またあんなふうに自分を責め続けるくらいなら』
返ってきたのはそんな言葉だった。
糸口すら与えてもらえないようなもの言いにとっさに食い下がろうとしたとき、そっとリビングのドアが開けられる。
「羽衣、電話終わった?」
窺うように顔を覗かせた叶人くんを見て、慌てて電話口に告げる。
「あ、ごめん。そろそろ切るね」
『はいはい。ほかに変わりはないのよね? 羽目外さないようにね』
「うん、大丈夫。じゃあね」
そう言って通話を終えると、叶人くんを振り返る。
思っていたより長く話し込んでしまったのに、知りたかった核はほとんど何も聞けなかった。
空振りに終わってしまった落胆は禁じ得ない。
けれど、やっぱりこれはわたしと彼の問題だから、わたし自身や彼自身と向き合っていくしかない。
「ごめんね、待たせちゃって」
「全然気にしないで。そりゃ心配に決まってるだろうし」
「え、どうして?」
困ったように笑う叶人くんに反射的に聞き返すと、ふと驚いたように目を瞬かせた。
それから、すねたみたいに眉を寄せる。
「……本気で聞いてる? それとも、僕を試してるの?」
「えっ」
「まあ、この家には来慣れてるし、昔はふたりきりで遊ぶこともよくあったけど」
戸惑っているうちに近づいてきた叶人くんからとっさにあとずさるも、すぐに背中に壁が当たってしまった。
逃げ場を失ったわたしのすぐ横に彼の手が置かれ、囲われているような形になる。
「でも、僕たちもう子どもじゃないよ。“ふたりきり”がどういう状況か……分かるでしょ?」
傾けた顔を耳元に寄せて囁かれる。
そのくすぐったさと掠れたような声に、きゅ、と心臓が締めつけられた。
そういうことなら、分からないわけでも考えなかったわけでもない。
正直に熱を帯びていく頬を隠したくて顔を背けても、すべて見透かしたように彼はくすりと笑う。
「かわいい。そんなふうに照れられると、もっと見たくなる。そういう表情……」
さら、と髪を分けるように首筋と頬に手を添え顔を近づけてくる。
耳鳴りするほどの静寂の中、暴れる自分の心音が響いて感じられた。