消して、奪って、きみだけを
     ◆



 羽衣が食べたいと言ったオムライスを作って夕食を済ませると、風呂へ向かった彼女を待つ間、リビングのソファーに腰を下ろした。

 あれから7年経っているというのに、この家はほとんどあの頃のまま変わっていない。
 ソファーも、カーテンの色も、テーブルの位置も、誰もいない暗い廊下の静けさも。

 日が暮れて僕が帰ると、羽衣はいつもこんな寂しい空間にひとり残されていたんだ。

 電気をつけていても何だかもの寂しいのだから、昔はもっと心細くてたまらなかっただろう。

『帰りたくない……』

 縋るようにいつもそうこぼしていた自分のことを思い返す。
 あの頃は、いつも願っていた。

 太陽が沈まなければいいのに。
 時間が止まればいいのに。

 門限なんてなければ羽衣と離れることなく、毎日、一日じゅう一緒にいられるのに。

『明日もいっしょにあそぼ。寝たらすぐ明日だよ』

 泣きそうなのを必死でこらえていると、羽衣はそう笑って手を握ってくれた。
 その笑顔と温もりに、どれだけ安心して救われていたことだろう。

『明日……』

『うん。また明日ね!』

 そうやって羽衣と別れてから家に帰ると、僕は自分を抜け殻だと思うようにしていた。

 身体はここにあっても、心は羽衣のそばに置いてきたから、何も感じないと信じ込もうとした。

 眠りに落ちるまでずっと唱え続けるのだ。
 また明日、また明日────明日になれば羽衣に会える、それだけが希望だった。

『こ、こ……叶人くんの家があった、よね』

 まさか、思い出してしまうとは思わなかった。
 あの家はもう残っていないし、同じ道を通っていてもこれまで何ともなかったから油断していた。

 戻ったのはその記憶だけだと言っていたけれど、本当にそうなのだろうか。
 蒼白な顔で動揺する羽衣を見たら、とてもいい予感はしない。

 苦痛を伴う辛い記憶ごと戻ってきてしまったんじゃないだろうか。
 もう、過去のことに囚われる必要なんてないのに。

 あの頃のページに挟んだままだったしおりを握り締め、ぱらぱらと続きを(めく)っていく。

 止まっていた時計の針は既に動き出した。
 叶わなかった理想を現実に、生き直していける。

 そのためには、辛い過去も苦しい記憶も傷つく関係もいらない。
 羽衣が捨てられないなら、代わりに僕が捨ててあげるだけ────。

 そのとき、リビングのドアが開く音がして顔を上げた。

「お待たせ、叶人くん。お風呂空いたよ」

 濡れたままの髪をタオルで拭いながら羽衣が笑う。
 その顔を見たら、何だかたまらなくなった。

 ソファーから立ち上がると、そのまま歩み寄って抱き締めた。
 ふわ、といつも以上に甘い香りに包まれて頭がくらくらしてくる。

「か、叶人くん……?」

「……ちょっとだけ、このままいさせて」
< 187 / 194 >

この作品をシェア

pagetop