消して、奪って、きみだけを

 直前の立原の行動に動揺させられたのもあった。
 あれを羽衣に見られたせいで、余計に頭が真っ白になって冷静さを失っていた。

 好きな人の前で一方的にあんなことをされたらどう思うか、身をもって痛感したはずなのに。

「言い訳もできねぇよ。最低だ、俺……」

 くしゃりと髪をかき混ぜてうなだれる。
 目を閉じたら、羽衣の怯えたような表情がありありと蘇ってきた。

 拒絶しなかったのは、俺の気持ちを受け入れたからじゃない。
 ただ気圧(けお)されて動けなかっただけだ。

 おののいたような目と身体の震えに気づいたから、はっと正気に戻ることができた。

 間に合ったけれど、手遅れだ。
 取り返しがつかないことをした。

「……見てたなら止めてくれよ」

「だって、あまりにもびっくりして。ていうか、責任転嫁しないでくれる?」

 ため息混じりの八つ当たりに正論を突き返され、目を落としつつ「……悪い」と口にする。

 動揺と後悔でぐちゃぐちゃにかき回された心が悲鳴を上げるのを、必死で上から押さえつけた。

「……まさか、これも叶人くんの策略じゃないよね?」

 ありえない、とは言いきれない。
 そもそも立原の行動もあいつの指示で、俺を焚(た)きつけ、一線を越えるように仕向けたのかもしれない。

 居合わせたくせに黙って見ていたことからして、十分ありうる話だ。

 完全にあと戻りできなくなるところまで待って、俺を怖がって傷ついた羽衣を慰めようという魂胆(こんたん)。

 いつものやり口だ。
 誰かを悪者にして、自分だけが羽衣を救ったという物語を植えつける。

 恐らく、俺が止まらなかったらそこで初めて介入してきたことだろう。

 しかし、だから何だと言うのだ。
 俺がしたことは変わらない。

 あいつのせいにしたところで、気は晴れないし許されるわけじゃない。

「もしかして、これが本命の作戦? 羽衣と涼を仲違いさせる……」

「どっちだっていいよ、もう。遅かれ早かれこうなってた気がする」

 今回はただ噛み合ってしまっただけで、いずれ限界を迎えていたのは間違いない。

 いつまでも痛みに耐え続けられるほど、俺は強くないのだと思い知ったから。

 傷だらけのすり減った心から滴(したた)る血がなくなったらどうなるんだろう。

 もっと鈍感になれたらよかったのに。
 重たいため息をつき、手で顔を覆った。

「本当、最悪だ。何してんだよ、俺……。羽衣が傷つかないようにって、一番傷つけてんのは俺だよな」
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