消して、奪って、きみだけを
いままでだってそうできたのにしなかったのは、あくまで羽衣のためだったんだろうか。
────そろそろわきまえてくれると助かるんだけど。
そんな忠告を、いや、脅迫を無視して俺が一線を越えたから、その報いだとでも?
あまりにも身勝手だ。
ただ自分の都合で羽衣の記憶を選別しているだけ。
「……あたしたちのこと覚えてないのかな」
「クラスメートってことは認識できてるんじゃねぇかな、苗字は知ってたし。どこまで覚えてるかは何とも言えねぇけど」
しかし、その苗字すら確かめないと確信が持てないくらいには“他人”になってしまったようだった。
覚えているから呼べたというか、クラスにいるから認識できたというような。
「でも、やっぱ妙なんだよな」
「何が?」
「俺もおまえも、羽衣の中での信頼は地に落ちたはずだろ。そのことを覚えてる方が、印象操作って意味では若宮にとって好都合なはずなんだよ」
いまさら強制的に他人になんて戻さなくても、表面上は関係が切れていると言っても過言ではなかった。
不確実な記憶操作より、陥れて得た現実の結果の方が、誰の目から見ても明らかな保証があったはずだ。
羽衣が俺や日和を切って若宮を選ぶ判断を裏づけるような、若宮にとっての安心材料が。
記憶はふとしたときに戻ってしまう可能性があるが、穴のない策で作り出した事実なら簡単には破れないだろう。
まして、羽衣ならまず自発的には若宮のことを疑えない。
「確かに……それは変だね。異常なのは間違いないけど」
羽衣のためだと信じていいものか、ますます解せなくなってくる。
いたずらに記憶を奪って楽しむサイコパスというわけでもないし、復讐目的だったなら既に機は熟しているはず。
羽衣に向けている愛情が本物なら、それ以上に厄介なことはない。
昼休み、自販機から戻ろうとしたところ、行く手を阻むようにして誰かが立った。
険しい面持ちの若宮が冷ややかに俺を見据えている。
「今朝の、あれはどういうつもり? 言い訳でも何でもしてみて」
ゆらりと静かに燃える炎みたいな怒りをまとい、淡々と投げかけられた。
眉根に力を込め、俺は視線を落とす。
「…………」
それに関しては、どんなに責められても何も言えない。
若宮が腹を立てるのも当然だった。
言い訳の余地もないほど完全に俺が悪いのに、こいつ相手だと余計に傷が疼く。
その顔を見るだけで、爛れたところを引っかかれているような気がした。
その苦痛に耐えるように口の端をきつく結んでいると、若宮は呆れたようにため息をつく。
「伝えられて満足? 謝れば済むとでも思った? あんなことされて、あんなことまで言われた羽衣がどれだけ苦しむか想像できなかったの?」