消して、奪って、きみだけを

 息をのんだまま呼吸を忘れた。

 それがどんな場所なのか、何となくは知っている。
 屋内にいるというのに雨のにおいが鼻先を掠め、傘の兵士たちが頭の中で立ち並んだ。

「この話、叶人から聞いてない?」

「何も……」

 ふるふると力なく首を横に振る。

 記憶の海の底に沈んだ一番大きな箱に、突如降ってきた岩がぶつかって蓋がずれた。
 鍵は見つかっていないけれど、いまなら力ずくで開けられる気がする。

 だけど、怖い。

 隙間から覗こうにも箱の中は真っ暗闇で、何が入っているのか分からない。

 先ほど現れた兵士たちはその周りを取り囲んでいて、まるでわたしが手を伸ばすのを阻んでいるみたい。

「……あそこは戦場みたいだった」

 抑揚(よくよう)のないいつも通りの声で美怜ちゃんが言う。
 それ以上、深く潜っていく前に水面へと引き上げられた。

「大人たちは優しかったし、身体的な安全が担保(たんぽ)されてるって意味では、もちろん元いた環境より遥かにまし。でも、心が休まるかどうかはまた別の話でしょう」

 何となく酸素が薄いように感じられて息苦しさを覚える。

 施設は生活の土台にはなるけれど、心のよりどころがすぐにできるわけではない。
 それはわたしにも想像が及んだ。

 命を救った場所ではあるけれど、心を救った場所ではなかったんだ。

「そうやって、心を閉ざしてたのがわたしと叶人だった。誰も信じられなくて、誰とも交わらないで、お互いずっとひとりでいたの」

 あの頃の彼が頭に浮かんだ。

 人前で笑わず、話さず、日陰に閉じこもって、まるでお人形みたいに光の射さない綺麗な瞳にただ世界を映していた彼。

 無感情に見えて、警戒や諦めや羨望やさまざまなものを抱えていたのだろうといまなら分かる。

 それでも、それを表に出すことができなかったのは、きっと心を許せる人も場所もなかったから。

「叶人はわたしよりあとで施設に来たけど、そんな性質が似た者同士だったから、不思議とシンパシーみたいなものを感じた。向こうも同じだったのか分からないけど、あの戦場を生き延びた“戦友”みたいな存在。……それが答えとしては正確かもしれない」

 美怜ちゃんの言う通り、単なる幼なじみよりずっと的確に言い表している気がする。

 以前、わたしも何となく美怜ちゃんと叶人くんに似たものを感じたことがあるけれど、それは気のせいではなかったのかもしれない。

 相変わらず薄い表情からは感情が読み取りづらいけれど、叶人くんのことを語る彼女は懐かしんでいるみたいで、決して悪いようには見えなかった。
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