消して、奪って、きみだけを
そのひとことを受け、鬱々とうつむきかけた顔をもたげる。
眉を下げた日和は儚げに笑った。
「あたしも……羽衣が大好きって言えばよかった。言い続けてればよかった。何も恐れないで、邪魔されてもしがみついてればよかったね」
「な、なにそれ……?」
後悔を滲ませるような言葉と言い方だけれど、困惑して苦笑してしまう。
日和は眉を下げたまま、わたしの手にある猫を見つめた。
「だって、あたしが傷ついたのも事実だけど、羽衣を傷つけたのも事実だから。心にもないことばっか言って、辛い思いさせてごめんね」
刃で負った切り傷にじんわりと染みて、たまらず呼吸が震える。
白猫のふわふわした感触が、心の表面を撫でてくすぐったい。
「日和……いつもありがとう。大好きだよ」
「え? な、なに、急に」
「いままで伝えられなかった分」
そう言いつつも少し照れくさくなって頬を綻ばせると、戸惑いをあらわにしていた日和も一拍置いて笑った。
「あたしも! これからもよろしくね、羽衣」
明るい笑顔を弾けさせる日和が、勢いよく抱きついてくる。
ふわりと起きた風は決して強くなかったのに、そんなささやかな優しい風が、積もっていたわだかまりを一瞬にして吹き飛ばした。
あたたかく澄みきったその確かな温もりに心がほどけていった。
「……ったく、世話が焼ける」
呆れたように言う割に、見守っていた涼の顔にもどこかうれしそうな、ほっとしたような笑みがたたえられている。
「かっこつけないでよね。……まあ、あんたにもほんのちょこっとは感謝してるけど」
「本当、素直じゃねぇ。てか、いつまでもそうしてんだよ」
「いいでしょ、別に。あたしもこうして上書きしてやるの」
日和はそう言っていっそうぎゅっと強く抱き締めてきた。
何の話か分からないけれど、舞い戻ってきたこの緩やかで自然と安心するような空気感が懐かしいのとうれしいのとで、思わず笑みがこぼれる。
わたしが落ち着ける居場所は、ここにもあった。
「……それよりさ、結構まずいと思うんだけど」
ふと息をついた涼が、まじめな顔で口を開いた。
「あいつ、見境なくなってきたっていうか暴走しかけてねぇか?」
こぼされたインクが胸の内に広がり、水中を漂うみたいにしてたなびく。
日和もさすがに腕を緩めてほどき、神妙な表情で視線を落とした。
「…………」
わたしから涼と日和の記憶を奪うに至った叶人くんは、確かに一線を越えたと言わざるを得ず、だんだんわたしの記憶を奪うことにも躊躇がなくなってきているように思える。
このままではまずい、という冷えるような感覚はわたしの中にもあった。