消して、奪って、きみだけを

 記憶操作がエスカレートしていき、都合の悪いことは何でも忘れさせればいい、という思考になってしまったら……?

 わたしは自我の根になる記憶を守れず、叶人くんも良心を失っていく。

 ────あの頃からずっと……僕は羽衣のことが好きだった。

 ────わたしがいるのに……。

 わたしも彼も、あの頃から気持ちは変わっていない。

 けれど、そうやって意思を失い、彼の望む通りに上書きされた先のわたしたちは果たして、本質的にあの頃と同じだと言えるのだろうか。

 ────あなたの気持ちさえ仕向けられたものかもしれない。

 どの記憶を捨て、どの記憶を留めておくか、選んだのは叶人くんだ。

 わたしという器にいま残っている感情は、どこからどこまでがわたしのもの?

 叶人くんのことが好き。
 その気持ちは確かで揺るがない。

 彼と一緒にいたい、と願った。
 だけど、これでいいのだろうか。

「……このままじゃだめ」

 たまらず呟いた声は硬く強張ったものの、内側に秘めた決意がしなやかにわたしを立ち上がらせた。

 知らないところで涼や日和を傷つけていたみたいに、いまなお記憶がないせいで、叶人くんを傷つけ続けているかもしれない。

 彼との核心の出来事を思い出せないことも気がかりでしかない。

 見えないところに(おり)のように重なっていた罪悪感の小瓶は、埃を被っていたりラベルが消えかかっていたりして、もう中身が分からなくなっていた。

 叶人くんがそれを望んでいるのなら、思い出す努力なんて誰のためにもならないと思っていたけれど、それじゃきっとこの先一緒に過ごす中で絶対に自分が苦しくなる。

 好きだから一緒にいたいのに、そばにいる理由が贖罪(しょくざい)にすり替わってしまう。

 それでも、本物なのだ。
 わたしの気持ちも彼の気持ちも、あの頃からずっと。

(だから……)

 涼と日和を守るためにも、本当の意味で叶人くんを知るためにも、過去の自分の罪と向き合うためにも、逃げちゃいけない。

 これ以上、叶人くんには歪んで欲しくない。

 そんなふうに世界を檻にしてわたしを閉じ込めようとしなくても、いなくなったりしない。

 それは、紛れもないわたしの意思だと思う。
 選ばされたのではなく、わたし自身が彼を選んだ。
 そのことを、叶人くんにも信じて欲しい。

 ────あなたが、彼を壊したの。

 美怜ちゃんの瞳の色を思い出し、きつく口の端を結んだ。

 そっと左手首のブレスレットに触れる。

『わたしがいれば十分でしょ?』

『うん。僕には羽衣ちゃんしかいない』

 最初に檻を作ったのがわたしで、そこに彼と閉じ込もったのもわたし。
 それなら、思い出すことはわたしの使命だ。
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