消して、奪って、きみだけを
彼のまとう柔らかい雰囲気や優しさが自ずとそうさせるのか、適当に流したり何でもないふりをしたりするような中途半端な接し方はできなかった。
「おかしなことって?」
「何か忘れちゃったみたい……。昔の叶人くんとのこと」
膨張していくばかりの違和感に耐えかねて、そう正直に口にする。
だけど、やっぱり彼の反応を窺っている自分もどこかにいるとあとから気がついた。
もし涼の言う通りなら、こんなこと言うべきじゃない。
逆撫でしかねない安易な発言に内心怯みながら、もしかするといっそ非難されるんじゃないかと覚悟した。
それでも、叶人くんは変わらず微笑みかけてくる。
「大丈夫だよ、そんなの大したことじゃない。思い出なんてこれからいくらでも作れる」
「……驚かないの? 急に思い出せなくなったのに」
涼や日和の反応を思えば、どうしてそこまで落ち着いていられるのか不思議だった。
わたし自身、こんなにも戸惑っているのに。
「少しはね。でも、本当に気にすることじゃないよ。もちろん、寂しくないと言えば嘘になるけど……。でも、大事なのは過去よりいまでしょ?」
「そうかな……」
「そうだよ。羽衣が気に病むこともないし、忘れたってことは、きっともともとそうするべき過去だったんだよ。無理に思い出す必要もないってこと」
陽だまりみたいな笑みと言葉があたたかくて、心が溶かされていくような心地がした。
(確かにそうかもしれない……)
わたしは彼とのことにずっと苦しんで、囚われてきたみたいだった。
7年の時を経て改めて叶人くんと話したことで、ふっと解放されてその記憶ごと封印されたのかもしれない。
わたしの頭が、感情が、限界を超えないように身体が自然とそうしたのかも。
重いトラウマを抱える人が、突発的に記憶を失ったという話をどこかで聞いたことがある。
わたしの記憶が抜け落ちたのもそういう類いの話なんだろうか。
罪悪感を抱え続けていた相手と再会したことによる極度の恐怖や緊張から、身を守るための防衛反応。
そう考えれば、まだ説明がつくかもしれないけれど────。
それ自体と叶人くんの目的の話はまったく別ものだ。
こうして素直に話してみても、やっぱりどこか落ち着かない。
あの頃の彼がこんなふうに笑っていたかどうか、いまのわたしには分からなかった。