消して、奪って、きみだけを
●最終章 きみの隣

 まばらな粒だった雨がいつの間にか勢いを増し、細い銀色の針みたいに鋭く肌を突き刺してきた。

 おぼつかない足取りで雨の中を駆け抜ける。
 水溜まりが跳ねるたび、もつれて転びそうになった。

『わたしがいれば十分でしょ?』

 幼いわたしの言葉が首元に絡みつき、圧迫してくる。

『うん。僕には羽衣ちゃんしかいない』

 彼の孤立を助長していた、それも事実。
 無邪気な罪であることに気づき、そうやって彼を縛りつけていたことを後悔してきた。

 だけど、わたしがずっと(さいな)まれてきた罪悪感の根源は、罪は、もっと根深い。

 ────あの頃、彼とは毎日一緒だった。

 だからこそ、最初にわたしが気づいた。
 わたしだけが気づいた。

『叶人くん、それどうしたの?』

 春の終わりのいつもよりあたたかい日だった。
 帰る前に学校の花壇で花に水をやっていたときのこと。

 隣に屈んでいた彼の、色白の透き通るような腕を指して尋ねる。
 そこには赤紫色の痛々しい痣が浮かび上がっていた。

『あ……』

『いたい? 大丈夫?』

 思わず伸ばした手が届く前に、さっと立ち上がった彼は捲っていた袖を下ろす。
 慌てたように身体ごと背けて目を逸らした。

『……なんでもないよ。ぶつけただけ』

 きゅ、と袖を押さえるようにして腕を掴んだまま小さく答える。

 見えたのが一瞬だったせいか、毒々しい花びらみたいな痣がかえって脳裏(のうり)に焼きついてしまった。

『そう……?』

 何となく覚えた引っかかりを飲み込んで、首を傾げるに留まる。

 ────決定的な出来事はその数日後に起こった。

 いつものように叶人くんと遊んだ放課後、公園は沈みかけた夕日で黄金色に包まれていた。
 時間を確かめた彼は眉を下げて小さな声で言う。

『僕、もう帰らないと……』

 おずおずとうつむいた叶人くんの影が地面に伸び、寂しげに揺れる。

 彼の家は門限が厳しく、陽光の色が変わると彼はいつも忙しなく時計を見上げていた。
 1分でも遅れると叱られるのだと言う。

 叶人くんはお母さんとふたりで暮らしていた。
 学校から帰る途中で家の前を通りかかると、だいたい庭で花に水をあげている。
 広い庭には薔薇をはじめ色とりどりの花がたくさん咲いていた。

 彼のお母さんはわたしに気づくと手を振ってくれるし、いつも上品に微笑んでいる印象が強いから、あまり怒っているところが想像できない。

 だから、わたしは甘えてしまった。

『もう少しだけ』

 引き止めるように彼の裾を掴む。
 ひとりぼっちの寂しい家に帰るのがどうしても嫌だった。
< 225 / 229 >

この作品をシェア

pagetop