消して、奪って、きみだけを
感情の均衡が完全にリセットされたかと言えば、正直そんなことはない。
それでも、正体不明の恐怖から解放されたという安堵の方が大きかった。
彼は一拍置くと、悔いるように眉を寄せる。
先ほどとはちがって寂しげに見えた。
「……ばかなことした。正々堂々、伝えればよかった」
静かにそう呟いた彼に図らずも少し胸が痛む。
こんなことになってしまった以上、もう改めて告白をしたりされたりする余白さえ残っていない。
伝える機会も拒む機会も宙ぶらりんになって、そのうち風に飛ばされていくのだろう。
彼は、今度は叶人くんに向き直った。
「若宮もごめん」
叶人くんは大して頓着した様子もなく口をつぐんでいる。
きっかけとなった彼のダイレクトメッセージに見向きもしなかったし、最初に“分かりたくもない”と言った通り、彼の事情には無関心みたいだ。
「こんなの、俺の勝手な逆恨みなのに……」
「本当だよね。それでここまで暴走できちゃうきみの“ごめん”を簡単に信用できると思う?」
思いもよらない言葉だったけれど、叶人くんは本気のようだった。
笑っているのに目がまったく笑っていないし、その笑顔の裏に確かな憤りを感じる。
「反省してるなら行動で示さなきゃ。きみが無害だって証明してみせて」
「ど、どうやって……」
すっと笑みを消した彼は、高橋くんのもとへ歩み寄ると手にしていた何かを放った。
例の手紙と苺味の飴、そしてヘアピンが高橋くんの目の前に降って落ちる。
「きみが自分で捨てておいてくれる? ごみはごみ箱に」
低められた声には有無を言わせない圧があった。
高橋くんが「あ、ああ」と気圧されたように慌てて動く。
精神的に追い詰められているのか、何度も取り落としそうになりながら手紙やヘアピンを回収した。
「これでいいよな……?」
「二度と羽衣に近づかないってここで約束して。勝手に羽衣の持ちものに触れない、とも。もし破ったら今度こそ警察に突き出す」
「わ、分かった。二度と近づかないし、触らない。ごめん、本当に悪かった!」
青ざめたまま、まくし立てるようにそう言うと再び勢いよく頭を下げる。
わたしや叶人くんの反応を窺ってから、荷物を抱えて逃げるようにきびすを返した高橋くんの姿は瞬く間に見えなくなった。
「…………」
静寂とともに微妙な空気が流れる。
何となくわたしも窺うようにして叶人くんを見やった。
(何かちょっと……怖かった)