消して、奪って、きみだけを
「何でまた急にこんな……。前はこんなことなかったのに」
「あいつが現れてからだよな。忘れっぽいっていうか、肝心なことだけを忘れてる。よりによって、あいつに不都合な記憶だけ」
ふたりの声も底冷えするような響きをしていた。
以前忘れたことは、わたしの防衛本能が働いた結果かもしれないと思った。
本人を前にして記憶と感情を抱えきれなくなり、自分自身が壊れる前に、蓋をして鍵をかけて閉じ込めたのだと。
けれど、今回に関しては説明がつかない気がする。
突然どうして記憶が抜け落ちたのか、まるで不可解な状況に晒されていた。
「まさか……それもあいつが何かしたとか? 頭を殴ったとか、変なもの飲ませたとか。それも羽衣が覚えてないだけで」
「まさか。それはさすがにないと思う、けど」
どうしても言葉尻が弱くなる。
“ありえない”とは思っても、覚えてない以上何とも言いきれない。
だけど、そもそも外的要因とは限らない。
そういう病気だったとか、突飛とはいえその方がまだ現実的な可能性に思える。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「あんまりあいつとふたりにならない方がいいんじゃねぇのか?」
「大丈夫……。ごめんね、心配かけて」
心から案じてくれる日和と涼に、やわく笑って返した。
心臓の表面が冷たくざらつくような心地がして、どうしても頬が強張ってしまう。
(……怖い)
記憶が抜け落ちてしまう原因が何であれ、恐ろしくてたまらない。
要所要所で忘れるということは、現実が歪むのと変わらない。
しかも自分では気づけないなんて。
何より、いつかふたりのことまで分からなくなってしまうのではないかと不安が張りついてきてたまらなくなる。
わたしに何が起きているんだろう……?
「心配なのは元からだっ、て────」
ふと涼の言葉が不自然に途切れ、うつむいていた顔を上げた。
自ずと足が止まる。
彼の視線を追うと、その足元に座り込む女子生徒が目に入った。
同じ制服をまとっているし、学校へ向かう群れの中のひとりだったみたい。
「悪ぃ、よく前見てなくて」
どうやらぶつかってしまったみたいだった。
彼女の胸元にはわたしたちと同じ赤色のリボンがあり、見覚えはないけれど同学年だと分かる。
「……平気」
風に攫われてしまいそうなほどささやかだったけれど確かにそう聞こえた。
差し伸べられた涼の手を取って立ち上がるも、顔を上げないまま身じろぎもしない。