消して、奪って、きみだけを

「本当に大丈夫? 涼のばか力で吹っ飛ばされて骨折しちゃったんじゃない?」

「ばか、そんな勢いでぶつかってねぇよ」

 相変わらずのふたりのやり取りを耳に、彼女の様子を窺った。

 なぜかその視線が一瞬わたしに向けられ、それからまたうつむいてしまう。
 艶やかな長い髪がその白い頬を覆った。

「……平気。気にしないで」

 もう一度繰り返すものの、どうしてか立ち尽くしたまま。
 何となく、先に行くよう促されている感じがした。

 同じことを感じ取ったのか、涼も「ごめんな」ともう一度言い残すと歩き出す。
 わたしと日和もあとに続いた。

(何だったんだろう……?)

 ほんの一瞬、わたしに目をやったあの子の眼差しは、思いちがいでなければ氷のように冷たく鋭かった。

 思わず振り向くものの、彼女の姿は既に見当たらない。

 だけど、自ずと萎縮してしまった。
 まだどこかからあの視線を突き刺されているような気がして。



     ◇



 予鈴が鳴る前、教室に隣接するベランダへ出た。
 晴れた朝の穏やかな光が注いで心地いい。

 廊下の突き当たりからはバルコニーへも出られるし、ちょっとした息抜きに困らない。
 どちらも気分転換にちょうどよくて、密かに気に入っていた。

 色々な感情でもつれた心と頭の中を解きほぐそうと息をつく。
 空っぽになった一瞬、薄い青空を飛ぶ鳥が目に入った。

「あ……」

 記憶を閉じ込めた箱に絡まっていた糸が、ふいに1本ほどけていく。

 ────出会った頃の彼も、いまみたいに転校してきたのだった。

 だけど、いまとはちがって周囲となかなか馴染めない様子だった。

 たぶん、彼が笑わないから。
 何も言わないから。

 当時からその綺麗な顔立ちは人目を引いたけれど、周囲が向けるどの関心も彼の心には届かなかった。

 お調子者だったクラスの男の子が話しかけても、頷くか首を横に振るだけ。
 それでいて、遊んでいるみんなの輪をたまにじっと見つめていた。

 宝石みたいなのに、光が射さない瞳。
 何を映しているのか分からなくて、だんだんみんな距離を置くようになった。

 何を考えているのか分からない────そう怖がられ、不気味がられ、孤立していったのだ。
 観察と憶測で噂が飛び交い、その噂が噂を呼ぶようにして叶人くんはひとりになった。

 そんなときだった。
 わたしが彼と話すようになったのは。
< 48 / 101 >

この作品をシェア

pagetop