消して、奪って、きみだけを

 彼だけじゃなかった。
 過去が懐かしいのも、思い出がきらめいているのも。

 小鳥のことを思い出して一度頭の中が整理されたからか、記憶の海は澄んでいた。

 核心の出来事はやっぱり思い出せないけれど、何も残っていないと思っていたはずの叶人くんとの思い出も、わたしは両手にあふれるほど持っていた。

 公園の遊具は遊び尽くしたし、神社では何度もかくれんぼをしたし、駄菓子屋ではわくわくしながらお菓子を選んでくじを引いた────いつも、ふたりで。
 お互いの家にも数えきれないほど行き来していたはずだ。

 楽しかった思い出は、澄んだ水面に無数に浮かび上がっていた。

(叶人くんは……叶人くんだよね)

 あの頃を思い出したからか、当初の得体の知れないような警戒はすっかり解けていた。
 代わりに残ったのは、罪悪感。

 決定的な記憶が戻らなくても、結局その感情だけが()されて溜まっていった。

 こんなによくしてくれているのに、好きでいてくれているのに、記憶が曖昧だと言っても彼はわたしを責めもしない。
 そのことも、素直に応じられないことも申し訳なかった。

「……うれしいな。また羽衣と一緒にいられるなんて、夢みたいでまだ実感が湧かない」

 種類や理由はちがっても、彼への罪悪感から逃れられない。
 いまのわたしにできるのは、叶人くんの望みを少しでも叶えてあげることくらいしかないと思う。

(なるべく一緒にいよう。叶人くんのそばに……)

 あの告白への返事はまだ固まっていない。
 それもまた心苦しいけれど、誠意を欠く方がもっと罪深いだろう。

 ────いつの間にかわたしの家が近づき始めていた。

 夕日が染める帰り道を、手を繋いで歩いたことを思い出す。
 家が見えてくると、叶人くんはいつも歩く速度を緩め、代わりに強く手を握り締めてきた。

「そういえば……叶人くんはいまどのへんに住んでるの? 昔住んでた家に戻ってきた?」

 あの頃は確か近所に住んでいたはずだった。
 わたしは引っ越すこともなく同じ家に住み続けているから、もし戻ってきたのならかなり近くだ。

「……ううん、別のところ。でも近いよ」

 そのやわい笑い方は、やんわり押し返すような圧があった。
 曖昧な答えだけれど、それ以上に続ける気はなさそう。

「そうなんだ。あ、お母さんは元気?」

 わたしも深く踏み込むのはやめて話題を変えた。
 当時、彼の家に遊びにいったとき、会ったことがあるような気がする。

 不思議とその記憶は沈んだまま、すくい上げられない感覚だった。

 指先が触れているのに掴めない。
 だからぼんやりとしか思い出せず、定かじゃなかった。

 ぴた、とふいに叶人くんの足が止まる。
 つられて立ち止まると目が合った。

(え?)
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