消して、奪って、きみだけを

 ふわ、と腕が伸びてくる。
 両耳を塞ぐみたいに添えられ、わずかに引き寄せられた。

 触れた耳から染みてくる体温と、甘くて深い彼のにおいに跳ねた鼓動が加速していく。

「叶人、くん……?」

 急にどうしたんだろう。
 一瞬見えた彼の表情はいつもとちがっていた。

 ふいを突かれたような動揺で揺れた瞳を見逃せなかった。

 いまだって指先が強張っている気がして、思わず表情を確かめようと顔をもたげかけたけれど、その手に阻まれる。

「……その話はやめよう」

 低く掠れた声色に戸惑った。
 いつになく余裕もない。

(その話、って……? お母さんのこと?)

 聞き返すこともできないで口をつぐんでいると、叶人くんが力を緩める。
 そっとわたしを離し、今度は頭に手を添えた。

 やわく儚げに微笑む彼の瞳には、あの頃みたいに寂しげな暗い影がさしている。
 温もりさえ痛々しくて息が止まった。

「ごめんね」



     ◇



「羽衣! 一緒に帰ろ」

 帰りのホームルームが終わった途端、鞄を掴んだ日和が駆け寄ってきた。

「あ、ごめん。今日は……」

「えー、もしかしてまた叶人くんと先約がある? じゃあ今日“も”じゃない?」

 日和は眉をひそめ、不満そうに口を尖らせる。
 両手を合わせて「ごめん」と繰り返すと、大きなため息が返ってきた。

「もうー。明日はあたしと寄り道だからね」

「ありがとう、また明日」

 笑って折れてくれたことにほっとしながら、鞄を手に立ち上がる。
 日和に手を振ると叶人くんのもとへ向かった。



「わ、かわいい」

 立ち寄った雑貨屋の一角で、偶然目についたキーホルダーを手に取った。
 ふわふわの毛並みと垂れ耳が愛らしいうさぎのマスコット。

「本当だ、羽衣に似てる」

「わたしに? どこが?」

 その言葉に笑うと、叶人くんもふっと笑った。
 てのひらを差し出される。

「貸して。買ってあげる」

「えっ、いいよ! そんなつもりじゃ……」

「僕がそうしたいだけ。そうさせてくれないかな。羽衣に喜んで欲しいんだ」

 マスコットを手にレジの方へ向かう彼の背中を見て頬を綻ばせた。
 以前にもそうして押しきられたけれど、叶人くんにそう言われたら拒む理由なんてない。



 雑貨屋を出ると、受け取ったマスコットを袋から取り出して眺めた。
 柔らかいクリーム色の身体とピンク色の頬がかわいらしい。

「ありがとう、叶人くん。大事にする」

 負い目がひとひらまた募るものの、うれしいという感情は確かだった。
 わたしのためと思ってくれる叶人くんの気持ちは素直にうれしい。
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