消して、奪って、きみだけを
腕を掴む力がぐっと強まったものの、それは物理的な意味だけではなさそうだった。
怪我が治るまで、不便な生活をサポートして欲しいということだろう。
「篠崎くんしか頼れる人がいないの」
「あれ? おまえ、何で俺の名前知って……。言ったっけ?」
自己紹介を交わした記憶もなく、思わず首を傾げるとなぜか不満そうに息をつかれる。
ぱっと腕を離して言った。
「“おまえ”じゃなくて、立原美怜。ちゃんと名前で呼んでください」
華やかというより、月みたいな孤高の雰囲気が名前と似合っていた。
まっすぐなくせに物憂げな目が俺を捉える。
「分かった、立原。怪我は俺のせいだし、責任取ってできる限りのことはする」
「そっちじゃなくて……」
まだどこか不満そうに何か言いかけたが、何が気にかかっているのか分からず「ん?」と窺う。
俺の察しが悪いと諦めたのか、再び小さくため息をつかれた。
「ううん、いい。ありがとう」
表情を和らげることもなく淡々と言うが、冷たい印象はなかった。
何となく掴みどころはないけれど。
「じゃ、荷物貸してくれ。教室まで運ぶから。痛かったら掴まれよ」
「……うん、でも平気」
素直に差し出してきた鞄を受け取ると肩にかける。
しおらしく頷いた立原に、今度は俺が息をつく番だった。
「だから、遠慮すんなって。俺にまで強がってどうすんだよ」
責任を果たすべき立場なのだから、遠慮なんてこの際とことん無用だ。
いまさら平気なふりも必要ない。
それを受け、あのときのように見張った目を揺らがせた立原はややあって伏せた。
絹みたいな髪が肩からさらさらとこぼれていく。
「……ありがとう」
◇
本鈴が鳴っても、授業が始まっても、気になって何度も日和の背中に目をやってしまった。
朝は結局、ホームルームが始まる直前まで教室に戻ってこなかったし、次の休み時間を逃したらタイミングを完全に失ってしまいそうな気がする。
とっさに叶人くんの言う通りにしたものの、あのとき日和を追わなくて本当によかったのかな。
3人での付き合いの長い涼にも相談したかったのに、珍しく彼も教室へ来るのが遅くて時間がなかった。
────授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
号令が済んだ瞬間、はやる気のままに踏み出していた。
「日和……」
その席へと向かい、どうにか絞り出した声をかける。
気持ちの半分は怯んでいたけれど、それ以上に強い思いがあった。
このままじゃ嫌だ。
日和を誤解させたまま、傷つけたくない。
「ごめん!」
何も言わず顔をもたげた日和に、誠心誠意頭を下げた。
「わたし、無神経だった。日和なら分かってくれるって甘えて勘違いしてたの。本当にごめんね」