消して、奪って、きみだけを
休み時間のたびに実験室へ向かっては、シャーレに異変が起きていないかを何度も確かめる。
放課後も向かってみたけれど、鍵がかかっていたのでそこで断念した。
次の生物の授業は明後日。
どうかこのまま何事も起こりませんように、と切に願いながら教室へ戻ると、わたしの席に叶人くんが座っていた。
「あ、戻ってきた。おかえり」
そう言って立ち上がると、自身の鞄を肩にかける。
「もしかして待っててくれてた?」
「うん、一緒に帰りたくて」
こともなげに頷いた彼の健気さに触れて、いくらか緊張がほどけた。
わたしも鞄を手に取ると案ずるように叶人くんが切り出す。
「シャーレ、どうだった?」
その言葉に驚いて顔を上げる。
徹底的にシャーレを見張っていたことに気づかれていたなんて思わなかった。
「気づいてたの?」
「うん、暇さえあれば見にいってたでしょ。心配だよね、偶然とはいえ」
「偶然……だよね? 本当に」
そうだと信じたい。
叶人くんがそうだと言ってくれたら信じられるような気がして、つい不安気にこぼしてしまう。
「偶然だよ。それ以外にある?」
どこまでも優しく笑い、そう言いきってくれてほっとした。
そうだよね、とようやく全身の強張りが抜けていく。
「でも、次はもっと大変なことになってるんじゃないかって胸騒ぎがしてて……。こうして見張ってるのも、いない犯人を探してるみたいでいい気はしないんだけど」
“偶然”を信じるなら、何もしなくても起こる結果は変わらない。
それならわたしにできることもないのに、じっとしていられないのは、誰かの仕業だという可能性を捨てきれないからだろうか。
誰かの悪意の介入を前提になんてしたくないのに、わたしは結局誰の言葉も信じきれなくなっているように思えた。
「……本当に優しいなぁ、羽衣は」
そう呟き、叶人くんはわたしに向き直る。
うつむいたときに頬にかかった髪を耳にかけてくれて、つられるように顔を上げると微笑みかけられた。
穏やかな春の木漏れ日みたい。
「誠実で一生懸命なのは羽衣のいいところだよ。いない犯人を探してるんじゃなくて、犯人なんていないってことを証明したいんだよね?」
そう言ってもらえて、胸につかえていたものがすんなり腑に落ちた。
わたしは誰かを疑っているんじゃなくて、誰も疑いたくないんだ。
そのために何も起こらないことを確信したくて見張っていたんだ。
こくりと頷くと、叶人くんの手が耳から首筋へ、なぞるように滑り落ちた。
添えられた手があたたかくて安心する。
「大丈夫だよ。……僕はずっと羽衣の味方だから」
◇
実験室でシャーレを目の当たりにしたわたしは愕然として目眩すら覚えた。
「うそ……。どうして?」
割れてはいないし、カビも生えていない。
だけど、ラベルが滲んでしまっている上に配置も乱雑に乱れていた。
これではどれがどのシャーレなのか分からない。
授業のない昨日も同様に休み時間や放課後はなるべく実験室へ足を運び、異変がないか見張っていた。
それなのに、どうしてこんなことになっているのだろう。