消して、奪って、きみだけを

「────大丈夫?」

 ふいに差し伸べられた手をおずおずと見上げると、そこには叶人くんがいた。
 心配そうに眉を下げ、こちらを見つめている。

 そろりと手を伸ばすと、届いた瞬間に優しく握られた。
 それを支えに立ち上がったわたしの肩に手を添え、彼は労るような眼差しを注ぐ。

「羽衣があそこまですることなかったのに……。ずっと気を張ってシャーレを確認し続けるの大変だったでしょ」

「そんな、こと……」

「こんなに責任感の強い羽衣を、いったい誰が責めてるのかな」

 ふと低められた声には確かな迫力があった。
 微笑んでいるのに静かな怒りが滲んでいて、わたしでさえぞくりとしてしまう。

 彼が鋭く捉えている相手は松田くんだった。
 追い詰めるようにじわじわと歩み寄っていく。

「自分から名乗り出て謝ってくれれば、ここまでおおごとにするつもりもなかったのに。謝るどころか、羽衣のせいにしたよね。あわよくば自分の責任を逃れようと、羽衣にぜんぶ押しつけたよね」

 その笑顔の圧で心臓が縮み上がる気分だった。
 直接矛先を向けられた松田くんもそうなのか、あるいは図星だったのか、さっと血相を変える。

(どういうこと……?)

 もしかして、松田くんが何かしていたのだろうか。
 困惑するように周囲のざわめきも一段増した。

「な、何の話だよ。俺は何も知らねぇよ!」

「へぇ、まだしらを切るんだ」

 目を細めてシニカルな笑みを浮かべた叶人くんは、再びスマホを取り出す。
 今度は写真ではなく動画を再生してみせた。

「え……?」

 そこにおさめられていたのは、誰もいない実験室の光景。
 画面の中央には松田くんが映っていた。

 床に散らばるシャーレを慌ただしく拾い上げ、乱雑に棚に置き直す彼の姿。
 濡れてしまったのか雑巾でそれを拭うと、ラベルが滲んで読めなくなった。

「何で、それ……」

 目を見張った松田くんは、焦ったように叶人くんからスマホを奪おうとした。
 軽々とそれを避けた叶人くんは彼を見据える。

「ほら。シャーレの配置が変わってるのもラベルが滲んでるのも、犯人はきみだ」

 糾弾(きゅうだん)でもするかのように突きつけられ、松田くんは息をのんだ。

 鋭い追及と周囲からの懐疑(かいぎ)的な眼差しを受け、動揺したようにわななく。

 それでも叶人くんは容赦なく追い詰めた。

「バレたら責められると思って、管理係である羽衣のせいにして逃れようとした。そうでしょ?」
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