消して、奪って、きみだけを

「安泰っていうか、安心だったよ。叶人くんだけは本当にずっと味方でいてくれたし、今日もお陰で助かった」

 わたしがそう言ったとき、開け放たれていた教室の扉からちょうど誰かが入ってきた。
 噂をすれば、叶人くんだ。

「……羽衣」

「あ、先生との話終わった?」

「うん、お待たせ。帰ろう」

 帰りのホームルームのあと、彼は担任の先生に呼ばれていた。
 学校生活に慣れたかどうか、問題がないか、といったような軽い面談だろう。

 残りのワッフルを食べ終えると、鞄を手に立ち上がって涼と日和に手を振った。

「また明日ね」



     ◆



 窓の外を見下ろしていたら、やがて昇降口から出てくる羽衣と若宮の姿が目に入った。
 ここからは校門まで見通せてしまう。

「もう付き合ってるんじゃない? あのふたり」

「…………」

 ほんの軽口だと分かっていても、心臓を鷲掴みにされた気がして声が出なかった。
 そんな俺を見かねて日和がとりなす。

「ごめんって、冗談が過ぎた。それで、名探偵は今度も外したわけだけど、次はどんな推理なの?」

 軽い調子で謝りつつ、なおも冗談を続けてきた。

「茶化すなよ。俺は真剣だぞ」

「真剣にいまも叶人くんを疑ってるの?」

「ああ、今回のことだってやっぱりあいつが絡んでると思う」

 はっきりそう言葉にすると、胸の奥で(くすぶ)っていた黒い(もや)が確かな質量を持って膨張していく気がした。
 心の隙間に入り込んで浸透していく。

「最初にシャーレが割れてたのもカビが生えてたのも偶然なわけねぇよ。あいつがやったんだ。そう簡単に割れるもんでもないのに、立て続けに割れてるなんて変だろ? カビは意図的に水分を増やしておけばわけないし」

 シャーレに細工する若宮の姿がありありと脳裏(のうり)に浮かび、言っているうちに熱が入った。

「ラベルなんかのトラブルは松田が()められたんだと思う。高橋のときみたいに」

「どういうこと?」

「忘れものか何かで、ひとり実験室に来た松田を待ち伏せてたんだ。じゃなきゃ、あんな動画撮れないだろ? もしくは授業がない日だったから、何かしら口実を作って誘い込んだ。とにかく、松田が実験室に来るように仕向けたんだよ」

 松田は羽衣を揶揄(やゆ)したり責めたりしていたから、余計に若宮の反感を買っていた可能性はある。

「それで、わざとつまずかせたか何かしてシャーレが棚から落ちた。焦った松田はシャーレを拾って元に戻して、近くにあった雑巾で水を拭いたんだ」

 しかし、シャーレをひっくり返したところで水浸しになるわけがない。
 ろ紙は湿っていても滴るほどの水分はなかったはず。

 もしかすると、最初から床が濡れていたのかもしれない。
 松田はそれで足を滑らせた可能性もある。

「そのとき、シャーレも一緒に拭いたらラベルも滲んじゃったってこと?」
< 79 / 161 >

この作品をシェア

pagetop