消して、奪って、きみだけを

「そうだ。油性ペンで書いてあったはずだから、普通なら水を擦ったくらいじゃ滲まない。でもその雑巾に、あらかじめアルコールでも染み込ませてあったら……。いや、そもそもあいつが水性のペンを羽衣に渡してたってこともある」

 どちらにしても、用意周到な若宮の所業としていまさら驚くまでもない。
 半ば身を乗り出すようにして言葉を繋ぐ。

「そうやってラベルの件で追い詰めれば、松田が何と言おうと、その前のシャーレやカビのことだって松田の仕業ってことにできる」

 表向きは“偶然”ということで片付けられたものの、実情を知らなければ日和のように松田の仕業だったと思うことだろう。

 それこそが若宮の狙いにちがいない。
 実際、あの動画は前後の文脈が切り取られている上に都合がよすぎる。

「叶人くんがそこまでするのは……羽衣のためなんだ? 前にあんたが言ってたみたいに」

「ああ。孤立した羽衣を自分が助けて、信用するように仕組んだんだろ」

 言っていて息が詰まるほど口当たりの苦い言葉だった。
 ついさっきの羽衣の言葉がまだそのあたりに漂っている気がして、ただでさえ苦しいのに。

『安泰っていうか、安心だったよ。叶人くんだけは本当にずっと味方でいてくれたし、今日もお陰で助かった』

 無意識のうちに拳を握り締めていた。
 俺が動こうにも庇おうにも、それじゃただの出しゃばりになってしまう。

(……“だけ”じゃねぇよ)

 ほかの班のやつは関係ない、と早川に言われた通り、その正論を突き返せなくて何もできなかった。

 羽衣が不当に責められても、突き飛ばされても、踏み出した足は届かなかった。

 それが悔しかった。
 あいつだけが羽衣を守れる、そんな状況だって都合がよすぎる。

「そうだよね、確かに羽衣は全面的に信用してた」

「おまけにレジュメのバックアップのお陰で、レポートも発表も乗り切って完全にヒーローだ」

 巻き込まれた早川も(おとしい)れられた松田も、もちろん何も知らない羽衣も揃ってあいつに感謝していた。
 羽衣の信用を得られて、必要とされて、結果としてすべて若宮の思惑通りだろう。

「じゃあ、まさかレジュメと資料が消えたのも……」

「あいつが盗んで隠したんだろ」

 偶然2回もシャーレが割れて、偶然カビが生えて、偶然ラベルが滲んで判別できなくなって、偶然レポートやレジュメといった資料が発表当日になくなって、偶然あいつがバックアップとしてレジュメの写真を撮っていた────なんて、ありえない。

 羽衣が記録と管理の係に名乗りを上げるところから想定内だったとしたら、と思うとぞっとする。

「そもそも、あいつは普通じゃない。羽衣の記憶がおかしくなったのだって無関係なわけねぇんだから」
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