消して、奪って、きみだけを
やっぱり過去のすべてを覚えてはいないし、思い出せたわけでもない。
記憶には穴が空いたまま。
それでも、叶人くんはわたしにとっても初めて好きになった人だった。
思いがけず再会して戸惑うばかりだったけれど、彼の優しさや気持ちに触れ、わたしの中でも想いが少しずつ色づき花開いていったような感覚。
いまこの心にあるのは、あの頃のわたしの想いと同じなんだろうか。
「……ねぇ、叶人くん。もう一度、あのしおり見せてもらってもいい?」
きっかけさえあれば、途方もない記憶の海に沈んだ思い出もすくい出せると分かった。
わたしがあげたと言うしおりを見れば、忘れている彼との何かを思い出せるかもしれない。
あの告白への返事をする前に、まずは欠けてしまった大事な記憶を取り戻さないと。
「もちろん。ちょっと待ってね」
快諾してくれた叶人くんは、足元に置いていた鞄を手繰り寄せる。
ファスナーを開けたとき、中身が少し見えてしまった。
(え?)
はっと息をのみ、目を見張る。
「そ、それ……!」
とっさに声を上げて腰を浮かせると、思わず彼の鞄に手を伸ばしていた。
衝撃に突き動かされながら取り出したのは、記録用のレジュメ。
どこを探しても見つからなくて、なくしたと思っていたそれがどうしてここに……?
驚愕しながら彼を見やると、叶人くんは不可解そうに眉を寄せる。
「ああ……変だな、こんなところにどうしてあるんだろう。何かと間違えて持ってきちゃったのかな」
「そ、そんなはずない。だって昨日はちゃんとわたしの鞄の中にあったはず────」
そこまで言いかけたとき、またしてもはっとして言葉を切った。
昨日のいま頃の光景がありありと蘇ってくる。
スカートを洗いにお手洗いへ行っている間、鞄から目を離した。
そのとき、叶人くんにはわたしの鞄に触れる機会があった────レジュメを盗み取ることができる機会が。
「どういう、こと? まさか、叶人くんが……」
わたしのレジュメを盗んだのも、もしかしたら松田くんのロッカーから資料を盗んだのも、彼なのだろうか。
だけど、何のためにそんなことを?
戸惑いで揺さぶられる頭は霞がかかっているみたいで、考えることも理解することも拒んだ。
わけが分からない。
きっと、何かの間違いだ。