消して、奪って、きみだけを
動揺を隠しきれないまま、否定して欲しくて彼を見つめる。
一方で叶人くんは動じることなくゆったりと微笑んで顔を傾けた。
「バレちゃった? さすがに騙されてくれないか」
思いもよらない言葉に息が止まる。
だけど、それすら傘に散った雨粒みたいに、信じられなくて弾いてしまう。
「でも、いいよ。それなら……また消してあげる」
立ち上がった叶人くんは、屈んでいたわたしの腕に手を添えて立ち上がらせた。
その手を背中に滑らせて引き寄せると、ふわりと優しく頭を撫でる。
(どういう意味……?)
いっそう戸惑っている間に、強張っていた身体からみるみる力がほどけていった。
とさ、とレジュメが手から滑り落ちる。
────刹那、ぼんやりと気抜けしてしまってから我に返る。
ふいに現実へと息を吹き返した気分だった。
「あ、れ? わたし……」
何をしていたのだったか、一瞬だけ意識が飛んだような感覚だ。
目の前の叶人くんと頭に乗せられた手に困惑してだんだん頬が熱くなってくる。
「え、えっと……」
「ごめんね、ちょっと気が緩んでたみたい」
そう言って手を下ろした彼は、落ちていた何かを拾って鞄にしまう。
何だろう、と思っているうちに今度はわたしの左手を取って指を絡めた。
直に浸透してくる体温に心臓が跳ね、ただ気恥ずかしくてどぎまぎしてしまう。
気が緩んでた、って何の話だろう?
戸惑いの隙間で疑問がよぎったとき、ぎゅ、と叶人くんが手に込める力を強めた。
「……ようやく会えたんだ。好きなときに名前を呼べるし、こうして触れることもできる。夢じゃないんだよね」
愛しそうに向けられる眼差しは想いを隠す気なんてさらさらないようで、交わった目線からも触れたてのひらからも“好き”という気持ちが注ぎ込まれていく。
ふと、彼は唇の端を持ち上げた。
「だから、捕まえておくんだよ。目が覚めても消えないように」
手首のブレスレットを見下ろした叶人くんがそう言葉を繋いだ。
声色はうっとりと甘いけれど、何だか影の色が濃くなっている。
「叶人くん……?」
熱いのに冷たい、触れ合った手の温度に混乱してしまう。
ちゃり、とブレスレットが小さく音を立てた。
「もういまさら……離してなんてあげない」