消して、奪って、きみだけを
わずかに目を見張った叶人くんだったけれどすぐにまた和らげた。
寂しさも真実も何もかも覆い隠してしまうような微笑みをたたえ、そっとわたしの左手を握る。
ちゃり、とブレスレットが鳴った。
「覚えてないならそのままでいいよ。思い出す必要のないことだから。……羽衣が苦しくなるだけの記憶なんて戻らなくていい」
叶人くんにこうして触れられると、あたたかくて心地いい。
染み込んでくる優しくて甘い温もりに浸ったら、凝り固まった思考が溶けてほどけていくみたい。
締めつけてくる感情も苦悩も自然と和らぐ。
「……何でだろう、何かすごく安心する。頭を撫でてくれたときもそうだったけど、不思議」
そう呟くと、彼はとろけるような笑顔で言う。
「魔法をかけてるからだよ。羽衣を幸せにしてあげる魔法を、ね」
◇
放課後も居残りで文化祭準備をして、内装の製作を進めていった。
全体の作業は順調に進んでいて当日までに余裕をもって仕上げられそうだ。
絵の具のパレットを一度洗い流しにいって戻ってくると、ふと窓際にいる叶人くんの姿が目に留まった。
歩み寄ろうと思ったら、ちょうどそのタイミングで目の前を人影がよぎっていく。
「叶人くん! ちょっと手伝ってくれない?」
そう声をかけた日和はダンボールの横たわる床に屈んだ。
「いいよ、どうしたの?」
「このくり抜いてある部分にセロファン貼りたいの。ステンドグラスみたいに。一緒にやろ」
応じた彼は日和のそばに屈み、カラフルなセロファンをビニール袋から取り出す。
日和がそれをサイズに合わせてはさみで切ると、叶人くんに差し出した。
「両面テープで貼っちゃっていいかな。のりやボンドだとあとから剥がれたら大変だよね」
「うん、余ってるしどんどん使って。あ、ここはこっちの色の方がいいかも────」
楽しそうに作業するふたりの様子を遠巻きに眺め、少し寂しいような気持ちに陥ってしまう。
いまの叶人くんにはどこにでも居場所があって、もうわたしが“唯一”じゃない。
きっと「わたしも」なんて混ざりにいけば快く迎えてくれるだろうけれど、何となく踏み出せない。
屈託なく笑い合うふたりを見ていたら、何だか割り込むと邪魔になってしまいそうな気がして。
(……って、ちがう。ふたりが仲良くするのはうれしいことなのに)
彼にもうあの頃みたいな寂しい思いはして欲しくないし、関係や繋がりが増えていくのはいいことだ。
心を許せる相手だって多い方がいい。
マスコットのことで誤解を生んでしまった失敗を思えば、日和が叶人くんと仲良くなってくれたらわたしもうれしい。
涼の誤解も解けて、みんなで仲良くできたらもっといいのだけれど。
「羽衣? どうした、こんなとこに突っ立って」
背後から声をかけられて振り向くと、ちょうど涼がそこにいた。