この恋、上方修正銘柄です!

 正午過ぎ。窓口に、やっほー!と手を振る綾乃が現れた。また雨が降ってきたらしく、手に傘を持っている。

「近くまで来たから寄ってみた。一応、住宅ローンの借り換え相談に」
「あ、私が受けます」
 融資課にそう声を掛けて、相談カウンターに案内する。抱っこひもで前抱きにされた乳児はすやすやと眠っている。
「アンタ、おでこ赤いけど、どしたの?」
「……聞かないで」

 恥ずかしくて死ねる。黒歴史確定だ。
 何事もなく仕事を続けた志水も怖すぎるが、船岡あたりに聞かれていなくて本当に良かった。

「……そんなことより。しばらく見ないうちに大きくなったね」
 新生児の頃に見た時は正直力士みたいだと思ったが、随分可愛くなったと思う。
「綾乃に似てきたみたい」
「へへ、最近よく言われる。今、8ヶ月。後追いが酷くってねー。トイレも開けたまますんのがフツーになっちゃったわ」
と、首を伸ばして周囲を見渡してから、声を潜めて。

「九条と友達っていうのは銀行ではナイショなんでしょ?で、どこ?」
「今、上の営業推進部に行ってるけど、そろそろ戻って来ると思う。来るなら来るって言ってくれればいいのに」
「ごめんごめん、急に思い立っちゃって。この前言い忘れてたこと、言っとかなきゃって思ってさ。てかアンタ顔色悪くない?大丈夫?」
「今日から検査が入ったからバタバタしてて。週明けには行内試験も控えてて、ちょっとね」
「もー、あんまり無理しないでよ」
 その時、店の奥にあるドアが開いて、志水を連れた九条の姿が見えた。
「あ、帰って来たみたい」

 部長席の前で話をする九条を見ながら、綾乃は懐かしそうな顔で呟いた。
「へえー、変わらないなあ……。いや、変わったのか。大人になった、すごく。あれじゃ錦が別人と思ったのも納得だわ」
 綾乃が九条のことをどれだけ好きだったかはよく知っている。さっきはああ言っていたが、本当は九条に逢いに来たのかもしれない。

「近くのカフェかどこかで待ってて。行くように伝えるから」
 だが綾乃はきっぱりと首を横に振った。そして少しの間、黙ったあと。
「卒業の時、私が九条をフった事になってたけど、あれ、違うんだ。私がフラれたの。別れよう、お互い遠距離には向いてないからって言われて。けど、本当の理由は違うと思う。アイツ、他に好きな子がいたみたい」

 そうだったのか。全然気付かなかった。

「錦のことだと思ってたんだけど」
「……そうなんだ……って、ええ?」
「悔しくて言えなかった。ゴメンね」
 そう言って、綾乃らしい笑顔でえへへと笑った。
「だ、大丈夫?育児うつじゃない?」

「付き合ってた時、アイツってば、手握る位のことしかして来なかったんだ。ふふっ、あの九条がだよ?私のこと大切にしてくれてるんだって思ってたけど、そんな理由じゃなかったみたい」
 我が子に向けていた視線を上げると、
「錦さ、大学入って佐藤と付き合ったでしょ?中学の時からずっと好きだった相手と恋人同士になれたのに、なんで半年くらいで別れちゃったのさ」
「それは……」
「アンタがホントに好きだったのは、佐藤じゃなかったから。違う?」

 返す言葉を探して視線を泳がせた錦の脳天に、制裁のチョップが入る。
「いい加減、素直になったら?じゃないと、シアワセは来ないよ?」

 綾乃は知らない。素直になってみても、幸せは来ない人だっているのだ。

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