この恋、上方修正銘柄です!
一雨毎に木々の緑が青さを増す季節。爽やかな風がショートボブの髪を揺らす。
楡の木陰に佇む木製のベンチ。端に座る錦の目の前に、紅茶とミネラルウォーターのペットボトルが差し出された。
「好きな方、選んで」
巨峰とベリーのストレートティーを手にとり、代金を払おうとすると。
「秘密保持契約の対価、ってことで」
「……そういうことなら、いただきます」
飲んでみたかった新商品だ。こういうところも無駄に気が利いている。
「それにしても意外。九条君が経営者志望なんて」
「買収されたんやし誰にも言うなよ」
同じく端に座る九条はムスッとした顔でキャップを開け、ボトルに口をつけた。
「別に、隠すようなことでもないと思うけど」
「いや、キャラブレするしマジで無理。……バラしたら、高辻の秘密も言うからな」
錦には何の興味もないであろう九条がそんなことを知る筈もないので、適当に流しておく。
「でも経営者になるなら尚更、大学は出ておいたほうが良くない?何だかんだ言っても、日本は学歴社会なんだし」
「なら聞くけど、今の適当な感じのまんま、Fラン大学の適当な学部に合格出来たとして、俺が真面目に勉強すると思う?」
「……授業に出ずにいかにして単位を取るかを考えそう」
「やろ?……いや褒められてないし喜んでる場合ちゃうな」
思わず吹き出してしまい、きまり悪い思いでコホンと咳払いした錦を見て、九条が愉しそうな顔をする。
「大学行くにしても、やりたいことが決まってからにしたい。とりあえず今は学校の勉強よりピザ屋のバイトの方が面白い。社会勉強にもなるし金も貯まるし。まさに、To kill two birds with one stone、一石二鳥やで」
一応、この前の英語の授業は聞いていたらしい。
「理数系は何もしないであの成績なのよね。やればもっと出来るのに」
「俺のやる気スイッチが、もう何年も見つからん」
「捜索願を出すしかないかもね」
「くそ、なんかオモロい返しされた」
皆には面白味がない人間と思われている錦なので、こんな風に度々九条がウケてくれると正直悪い気はしない。
「……なんかびっくり。九条君が思ってたよりまともな人で」
「うん?まあ、全く褒められてる気はせんけど、ありがとう?で、高辻は?」
「え?」
「将来何かやりたいことがあるから勉強頑張ってるんやろ?絵本の読み聞かせやってる位やから、教育関係とか」
子供の頃ならケーキ屋さんとかお花屋さんと答えれば良かったこの質問は、年齢が上がるにつれ回答が難しくなる。
難関の国立大学に合格すること。それは九条が尋ねたこととは違う気がする。良い成績を取れば嬉しいし、親も褒めてくれる。努力することで得られる充実感と達成感。勉強している理由はそれだけだ。
「……特に、何もない。このボランティアだって進学や就職に有利そうだから始めたことで、やりたいことじゃないから」
言葉にすると自分が打算的な人間に思えた。
と、頭上にコツンと軽い衝撃。
顔を上げるとそれが正面に立った九条の手にある空のペットボトルだと分かる。
「別にええんちゃう。やらない善よりやる偽善ていう諺もあるやろ」
「……それ、諺じゃないし」
錦を見下ろす九条は太陽を背負っていて、眩しさに目を細めた。