この恋、上方修正銘柄です!

 朝礼後の預金課は開店後の忙しさを予想して殺伐とした雰囲気で自分の持ち場に戻るのが常だったが、今日は様子が違っていた。皆その場に残ってそわそわしている。九条が名刺を配り始めたからだ。
「どうぞよろしく」
 完璧なプロフィールに加え、甘い笑顔に魅了された女子達は一様に目を輝かせている。
 行く手を塞がれ困っているところに九条が近付いて来て、
「よろしく、高辻さん」
「え……」
 私の名前を知っている?と思ったのも束の間。
「富小路さんと北川さんもよろしく」
 首からかけた社員証。なるほど、そういうことか。
「宜しくお願いします」
 名刺を受け取り、軽く頭を下げてからすぐ側の自席へと戻り、業務を再開する。

 女性行員の殆どは、依然その場に留まっていて。
「九条アーヴィングさんって、ハーフなんですよね?」
「うん、父が日本人で母がアメリカ人なんだ」
「指輪されてないですけど、『あえて外してる派』ですか?それとも……」
「ははっ、独身だよ」
 ざわっ、と周囲の温度が上昇する。
「歓迎会、私が幹事やることになってるんですけど、今週末って、ご都合どうですか?」

 昔よく見たこの手の光景。
 一体、九条という生き物は女子に囲まれる特性があるのだろうか。

「おいおい、早く持ち場に戻れ!店開くぞ!」
 見かねた預金課長の堺から叱責の声が飛んで、現実に引き戻された女子たちが散っていく。

 15,000千円の融資は妥当と思われます、と記入したところで稟議書を書くペンを置き、デスクの名刺を手に取った。 
 アベル&カンパニー社の名刺には、日本語表記と英語表記が裏表に印刷されていた。
 片面には「Section Chief Irving Cudjo」もう片面には「課長 九条 アーヴィング」とあり、ロサンゼルス支社の住所が記載されている。

 高校卒業と同時にアメリカへ渡った男子の顔が浮かんだ。

「あの九条くんなわけない、か」
 小さく呟いて、名刺をデスクにしまう。
 9時になると同時に店のシャッターが開いた。

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