この恋、上方修正銘柄です!
言われた教材を職員室に取りに行った帰り、渡り廊下を歩いていると、第一校舎裏の花壇に植えられたセージが目に留まる。
しおれてはいるが、枯れてはいない。本来セージは寒さに強い品種で、冬手前まで花を咲かせるはずだ。後で水と肥料をやってみようと思っていると。
「確か、テニス部のミカちゃんやっけ」
校舎の陰から聞こえたのは九条の声だ。盗み聞きは気が引ける。一旦は行き過ぎようとしたものの、結局好奇心には勝てず、ちょっとだけ覗いてみることにした。
「えっ、名前覚えててくれたんですか……? やば、めちゃくちゃ嬉しいです……!……あの、私、ずっと九条先輩のことカッコいいなって思ってて。……もしよかったら、私と付き合ってくれませんか?」
「うん、ええよ」
即答。しかも軽い。
「ホ、ホントに!?OKもらえるなんて、ウソみたい……」
「んじゃとりあえず、今日一緒に帰ろっか。校門で待ってる」
「ハ、ハイ!」
「じゃあまた、放課後な」
女子を見送った九条が頭をかいて、こちらへ歩いて来る。
咄嗟に校舎の陰に隠れたが、横を通る九条が気付かない筈もなく。
「うわ、びっくりした!」
「誤解のないように言っとくけど、たまたま通りかかっただけだから!」
錦が抱えたグループワーク用の大きな模造紙のロールに目を留めた九条は黙って半分取ると、教室へ向かってさっさと歩き出した。錦もその後を追う。
「良かったね、また彼女が出来て。いかにも九条くんが好きそうな感じ」
「なんかトゲのある言い方やな。もしかして、妬いてる?」
「……本気でそう見えるなら、いっそ殺して欲しい」
「あはは!相変わらずキレッキレ」
「彼女が途切れないの、ほんとすごい。あ、褒めてないから」
九条はうーんと唸りながら頭をかいて、
「けどまあ正味の話、好きになれるかはまた別の話やし」
「え……好きじゃない子と、付き合えるの?」
思わずポロっと手元から落としてしまった一束を、九条が拾ってそのまま持ってくれる。
「……虫ケラ見るような目で見るんヤメテ?どっちかが好きになってアプローチして、もう片方が妥協する。恋愛とはそういうもんやろ」
錦としては両想いや両片想いの少女漫画的な王道展開を推したいけれど、現実的には九条の言うことにも一理ある気がする。
「ということは、九条くんは毎回妥協で女の子と付き合ってるんだ」
「Everything happens for a reason. 袖触れ合うも多生の縁って言うやん。そういうの大切にしてるから、俺」
「惜しい、袖振り合うも多生の縁が正解です」
「えー、もう触れ合っといたらええのに」
「……なんか元カノの人たち、可哀想」
「そうは言うけど、いつもフられんのは俺の方なんやで」
「『九条君の考えてることが分からない』」
「ぎくり。……しゃーないやん、俺、めんどいのキライやし」
「あ、開き直った」
昔の自分なら、不誠実な九条の言葉を咎めていただろうと思う。よく話すようになって感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
「お願いだから綾乃とは付き合わないでね」
「な、この前俺が言うた通りやろ」
思わずクスッと笑ってしまった錦をちらりと見た九条は眉を少し動かして、2階へ続く階段に足をかけた。
やはり九条とその下級生は、1ヶ月も続かなかった。