この恋、上方修正銘柄です!

「うわ、もう終わりかけてるやん!」
 時計を見て、九条が残念そうな声を上げた。
「せめて試合の後半くらいちゃんと見たかったのに。もう、どうしてくれんねん、小川のウンコが長かったせいやで!」
 綾乃は黙って九条の後頭部を一発殴った後、周囲からの視線に気付いて慌てて否定した。
「ち、違うの!コイツの居残りのせいだから!」

 九条は殴られた後頭部をさすりながら、
「わ、渉、めっちゃマークされとる」
「え、どこどこ?」
「ほら、今ボール持った」
 見ると長身の選手二人を相手にする壬生の姿が見えた。
 無理矢理ドリブルで抜こうとする、と見せかけて、ディフェンスの一瞬の隙を突いて仲間にパスを出した。無理な体勢にもかかわらず、正確で力強いパスだ。
 ボールを受け取った選手が、すかさず相手のゴールを強襲する。わっと歓声が上がった。

「へえ……あいつ、変わったな」
 試合終了のホイッスルを聞きながら、感慨深げに九条が呟いた。
「あー確かに。昔の壬生なら自分で行ってたよね」
「周りの奴なんかどうでもいい。チームプレイなんて下手な奴の言い訳や。個人技磨いて自分が点を決めれば良い。それが渉のプレイスタイルやったから」

 群衆の中、壬生が一人の女子マネージャーの元へ真っ直ぐに歩いて行くのが見えた。
 そして掲げられた手をパンと景気よく打って、差し出されたタオルを受け取った。肩で息をしながら何か話して、またメンバーの中に戻って行く。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいて。 
「ツバサちゃんやん。そっか、それで……」
 壬生が報われない恋をしている相手が誰なのか、3人共が分かった。
「渉が青春の全てを捧げるサッカーへのスタンスを180度変えてしまう恋、か。なんかそういうの、羨ましいな」
 眩しいものを見るような目をして九条が呟いた。

 壬生の想いは、相手には届かない。でもそれでも良いと思ってる。さっき見たのはそんな笑顔だった。
 九条がいなければ、今日試合を見に来ることも、壬生という男子の内面を知ることも絶対になかった。サッカー部でいつも授業中に寝ている男子。それ位にしか思わなかっただろう。
 そう考えると自分が今までいかに薄っぺらな学生生活を送って来たのかが身に沁みた。
 何も見ないで、何も知ろうとしないで過ごして来たのだ。教科書とノートに向かって勉強だけしていれば、傷つくこともなかったから。

 錦を見た九条が、ぎょっとした表情を浮かべた。
「ちょ、何泣いてんねん!」
「ウソ、錦、どうしたの!?」
「……別に、何でもない」
「何でもないって……アンタが泣くとこなんて見たことないし!」

 その時、頭上からふわりとタオルが降って来て。
「泣きたい時は俺の胸に飛び込んで来い!」

 九条には全て見透かされているような気もするし、九条なんかに女心は分らないだろうとも思う。

「……絶対、無理」
 返事をしたら、泣き笑いみたいな微妙な顔になった。
「てかさ、九条、このタオルどしたの?」
「あっちの椅子に置いてあんの、借りた」

「あれ?俺が使ってたタオル、どこいったか知らね?」
 向こうで練習している野球部員がそう言うのが聞こえた。
「汗臭い……」
「それが青春や」

 タオル越し、頭にとんと置かれた掌の感触が心地良くて目を閉じた。
 なぜか急に切ない気持ちが押し寄せて来て、また少し泣いた。

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