この恋、上方修正銘柄です!
 
 その日の放課後。錦は中に一礼して進路指導室のドアを閉めた。
 廊下の窓から見える校庭の桜は散り始めている。今の調子で頑張るようにという担任の言葉を思い出し、ほっと息をついた。
 
 校舎のエントランスに続く階段を降りきったところで、どこからともなく九条が現れて。
「高辻おつかれ。今日は生徒会ないの?」
 ファーストネーム呼びがデフォルトの九条が、名字で呼ぶ女子は少ない。中等部からの腐れ縁組か、若しくは錦のような恋愛対象にならないタイプかどちらかだ。

「さようなら」
「何そのつれない態度。けど逆に新鮮で、燃えるっつーか?」
 九条はいきなりどん、と錦の行く手を阻むように壁に手をつくと、少し首を傾げてこちらを見下ろした。
 長さが足りず束ねきれなかった右サイドの髪が、はらりと顔に掛かる。
「……なにこれ」
「壁ドン」
「そうじゃなくて」
「な、今から茶行こ?さっき助けてもらった礼や。何だかんだいうても最終的にはフォローしてくれるやん、いつも。せめてもの感謝のしるし。俺の気持ち、受け取って?」





 利用価値があるから仲良くしておこうという下心が透けて見える。
 普通の女子ならそれでも舞い上がってしまいそうだが、錦は身の程をよく理解している。

「気を遣ってくれなくても結構です。それにこれから塾だから」
「なんや、ご苦労さんやな。ほなせっかくやし途中まで一緒に帰ろっか」
「……何故?」
「あはは、そんな返しすんのジブン位やで」
 九条と一緒に帰りたい女子なんて大勢いるし、何なら今も周囲からの視線を感じる。
「隣のクラスの彼女と帰らないの?」
「お互い束縛せんと気楽に付き合おってことになってるから、俺ら」
「……ああそうですか」

 一足制なので、いわゆる昇降口と呼ばれるものがない。スタスタと校舎を出て行く錦に追いついて。
「中学の頃から常にトップクラスやもんな。けどまだ2年になったばっかやん。あんま根詰めすぎると息切れしてしまうで」
 教科書と塾のテキストでずっしり重いスクールバッグを肩にかける錦に対して、隣の九条は手ぶら。明らかに予習復習を放棄している。
「うわ、なんか視線が痛いんやけど」
「進路相談、私の次が九条くんだった気がするんだけど」
「気のせい気のせい。ていうか俺、フリーター志望やし。行くだけ時間のムダっていうか?」
 担任のこめかみの青筋がピキッと浮くのが目に浮かぶ。
「っと、そうや、忘れてた」
と、ポケットをごぞごそし始めた九条が、

「これ、やる」
 こなれた手つきで錦の手首を掴むと、掌にころんと転がした。

「……消しゴムで作った、サイコロ?」
 言語文化の授業中、何かしていると思ってたらこんなものを作っていたらしい。
 小さな青い消しゴムにサイコロの目が彫られている。意外に丁寧な仕事で、何ならちょっと可愛い。

「賽は投げられたとは、既に運命は決まったのだからあとはもう身を任せて進むしかないという意味。なんかそういう切羽詰まった感じええなあと思って作ってみた」
「……情熱のベクトルの方向性が間違ってるんじゃない?」
「あはは!やっぱオモロいツッコミするよな、ジブン」

 関西人のツボはよく分からない。
 サイコロも正直要らないので返したかったが、九条が楽しそうで何となく言いそびれていると、
「九条ーー!!」
「わ、斉藤や。なんかこっちに走ってくるやん!コレにてドロン(死語)。ごくろーさん、気ィつけてな!」
 颯爽と逃げていく九条の背中を呆れながら見送った。


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斉藤先生の声は子安さんですw
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