この恋、上方修正銘柄です!

「Irvy(アービィ)!」
 一人の欧米系中年男性に名を呼ばれ、振り向いた九条が相好を崩した。
「It's great to see you!」
 固くハグを交わした後、それぞれの紹介を始める。
「This is Takatuji , a key member of my team. こちらはアベルCEOのアベル・ベネットさん。俺が今日、会いたかった人」

 さすがの大物感。
 年齢は60歳を超えているだろうか。これがまたアメリカドラマでFBIの長官として出て来そうなダンディな人物で、緊張しながら簡単な英語で挨拶を交わす。
 錦を見てにっこり笑ったCEOが、九条に何かを話している。言われた九条は焦った様子でこちらを見て、目が合うとバツが悪そうに視線を逸らした。
 カルチャーショック。大企業のCEOが一介の社員とこんな風にフランクに接するなんて、少なくとも錦の銀行では考えられない。頭取はきっと自分の顔すら知らないだろう。欧米系企業がそういうものなのか、それとも九条が特別なのか。

 秘書らしき男性に呼ばれてCEOが立ち去った後、九条がコホンと咳をして、
「さっきの、聞こえてた?」
「pop the questionとか……質問が飛び出る?早過ぎてよく聞き取れなかった。10年も英語を習ったのに、どうして英会話が出来ないんだろ。それで、何を言われたの?」
「……それはまた、日を改めて」

 建築デザイナーと思しきイタリア人への挨拶が済んだところでようやく一段落ついたらしい。
 増えてきた人の往来にぶつからないよう、半歩先を歩く九条は錦の背中にそっと手を添え、ホールの隅まで誘導してくれた。
「疲れる……銀行で仕事してる方が、まだマシ……」
 ハイチェアに座わった錦の隣、九条は壁に背中を預けながら鼻の頭を人差し指でぽりと掻いて、

「今はまだ無理やけど、適当なところで切り上げて、俺の部屋、来る?60平米超のテラススイート」

「ちょっと、ホテル住まいってここなの!?」
「ちなみに宿泊費用は会社持ち」
「さすがアベル&カンパニー……いつの間に着替えたのかと思ってたら、そういうことだったのね。っていうより、何で私が九条くんの部屋に行くのよ」

「何でって……俺と高辻、ホテルの部屋で二人きり。さてどうする」
「……絵画の裏にお札が貼られてないか確認する?」 
「そうそう、部屋入った瞬間、これアカンやつや〜って思う時あるもん。ってなんでやねん!……大人の男と女がホテルでやるこというたら、決まってるやろ。……こう見えても俺、なけなしの勇気ふり絞って誘ってんねんけど」

 あまりにも真に受けないと思い過ぎている節がある。自分が本気にしたら、九条はどうするつもりなのか。
「馬鹿なこと言ってないで。ほら、向こうで高崎専務が呼んでる」
「あーもう、昔の俺のアホ……日頃の行いが悪かったばっかりに、ここぞって時に信じてもらえへんなんて……」

 はぁー、と特大級の溜息を一つつき、面倒臭げに歩き出した九条だったが、数歩進んで直ぐに仕事モードに切り替わったらしい。大きな歩幅も背筋が伸びた後ろ姿も、洗練されたビジネスパーソンそのものだ。

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