ひとりぼっちの上司と私
「ああいや、別にコメントに困ったわけではないんだ。昔の男の話だろうとなんだろうと、加納が吐き出したいなら俺は受け止める。ただ、昔の俺だったら彼と同じ失敗を犯したかもしれないなと思って、身につまされていたんだ」
「昔というと……」
「遠山物産で結果を出せなくて、足掻いていた頃だ。別にその時付き合っていた相手がいたわけじゃないが、当時の俺はなにせ心にゆとりがなかったからな。こんな風に、太陽のもとで誰かと一緒にコーヒーを飲むだけで幸せを感じられるなんて、まったく気づいていなかっただろう」
そう言って微笑む彼の前髪を、公園に吹く風がそよそよと揺らす。彼の言葉は前向きなようで、後半は自分に言い聞かせているようにも感じた。
須田さんにとって、遠山物産に関する色々な記憶やそれにまつわる感情は、おそらく簡単には癒えない傷なのだ。
なにか言葉を掛けたくて口を開きかけたところで、彼がベンチから腰を上げる。
「さて、また少し歩こうか。行きたがっていた麻布台ヒルズが近いから、暗くなるまで散策して、時間になったらレストランへ行こう。店の窓から夜景がきれいに見えるはずだ」
「……はい」
私は気を取り直して立ち上がり、差し出された彼の手を取る。
彼は頭のいい人だから、過去を振り返っても仕方がないことはとっくにわかっているだろう。
それでもいまだに疼く心の傷があるのだとしたら、最近親しくなったばかりの私がすぐにどうにかできると思う方がきっと傲慢だ。
もう少し、時間が必要なのかもしれない。
それでもそばにいることはできるんだから、焦らずにそっと、彼に寄り添っていよう――。