ひとりぼっちの上司と私
少しの沈黙の後、うっとうしそうに髪をかき上げた彼女が言う。すかさず、加納がむっとしたように眉根を寄せた。
またふたりが火花を散らすのではと危惧したのは一瞬だけ。瑠璃川は、力なく苦笑した。
「あなたたちへ向けた言葉じゃないわ。……須田くんを手放した、うちの営業部に言ってるの。今後、こういう業界と取引する可能性があるなら、もう少しこの世界を知っておいた方がいいわね。とはいえ、ここにいたらかわいいイカさんに墨を吐かれちゃいそうだから、他のブースをゆっくり見て回るわ。それじゃ、私はこれで」
コツコツとヒールを鳴らし、瑠璃川がブースから遠ざかっていく。
長年胸に巣くっていた陰鬱な感情、その最後を吐き出しきるように、俺はふうっと息をついた。
加納が気遣うように、下から俺の顔を覗く。
「大丈夫ですか? 瑠璃川さんの前で無理してなかったですか?」
「……ああ。かわいいイカさんがそばにいてくれたお陰だ」
目を細めて彼女を見つめると、加納は少し照れくさそうにしながらも、隠し切れない嬉しさをにじませる。
その姿を見ていたら、今すぐ彼女に告白したいような気分になるが、まだ展示会は続いている。
「さて、もうひと頑張りだな」
「はい! 瑠璃川さんにちょっと時間を取られちゃいましたからね、朝のエナジードリンクの分、今から馬車馬のように働きます!」
両手でガッツポーズを作り、すぐに持ち場へ戻っていく彼女を見送る。