ひとりぼっちの上司と私

 タイニーポケットのオフィスが入っているのはビルの六階。エントランスは一階で、他の階にもあらゆる企業のオフィスが入っている。

 別の会社の人と乗り合わせたと思えば、須田さんとの間に会話がなくても耐えられるはず……。

 そう自分に暗示をかけていると、ボタンの前に立つ彼がゴホンと咳払いして私の方を振り向く。

「そういえば、例の企画……なかなかよさそうだな」
「えっ」

 まさか彼の方から話しかけてくるとは思わなかったので、一瞬ぽかんとする。

「社長が絶賛していたから、改訂版の企画書を読んだ。ホタルイカの酢味噌和え、だったか? 富山にはそんな郷土料理があるんだな。ホタルイカといえば沖漬けしか知らなかった」

 須田さんが、私の企画を褒めている……? これは夢だろうか。

「あ、ありがとうございます。富山では春の味覚で……前に勤めていた道の駅でも提供していた料理なんです」
「なるほど。生まれ育った土地の知識があるだけじゃなく、経験も生きたんだな」

 どうしちゃったんだろう、須田さん。笑顔とまではいかないけれど、いつもの鬼のような表情もやわらいでいるし……ビルの外に出たら急に土砂降り、とかないよね?

 普段と様子の違う彼に戸惑っているうちに、エレベーターが一階に到着する。

 ボタンの前に留まった彼が「先に出て」と言うので、恐縮しながら頭を下げた。


< 52 / 205 >

この作品をシェア

pagetop