ひとりぼっちの上司と私
タイニーポケットのオフィスが入っているのはビルの六階。エントランスは一階で、他の階にもあらゆる企業のオフィスが入っている。
別の会社の人と乗り合わせたと思えば、須田さんとの間に会話がなくても耐えられるはず……。
そう自分に暗示をかけていると、ボタンの前に立つ彼がゴホンと咳払いして私の方を振り向く。
「そういえば、例の企画……なかなかよさそうだな」
「えっ」
まさか彼の方から話しかけてくるとは思わなかったので、一瞬ぽかんとする。
「社長が絶賛していたから、改訂版の企画書を読んだ。ホタルイカの酢味噌和え、だったか? 富山にはそんな郷土料理があるんだな。ホタルイカといえば沖漬けしか知らなかった」
須田さんが、私の企画を褒めている……? これは夢だろうか。
「あ、ありがとうございます。富山では春の味覚で……前に勤めていた道の駅でも提供していた料理なんです」
「なるほど。生まれ育った土地の知識があるだけじゃなく、経験も生きたんだな」
どうしちゃったんだろう、須田さん。笑顔とまではいかないけれど、いつもの鬼のような表情もやわらいでいるし……ビルの外に出たら急に土砂降り、とかないよね?
普段と様子の違う彼に戸惑っているうちに、エレベーターが一階に到着する。
ボタンの前に留まった彼が「先に出て」と言うので、恐縮しながら頭を下げた。