灰色の日々に、君が灯した甘い色
そして、彼の視線が私の胸元へ一瞬だけ落ちると、消え入りそうな声で呟いた。


「……(みどり)さん」


「えっ!? は、はい!!」

心臓が口から飛び出しそう。
思わず、元気よく返事をしてしまった。

彼の視線を追って自分の胸元を見ると、首から下げた社員証が目に入った。

(あ、これのこと!?)

名前を知られたことが、むず痒い。
しかも、いきなり下の名前。よりにもよって、一番嫌いな、『翠』を。

――なのに。
胸にすんなりと、やさしく響くのは何故だろう。


(あのあの、何で、私の名前を?)
(何で、名前を呼んでくれたんですか?)
(何で……私の下の名前を……!?)

(あああ……どう聞いたらいいの?)

動揺を隠せなくて、彼の顔と自分の社員証を交互に見る。


「あああ……すみません、その……つい」

彼も自分の言葉に驚いたように、口元を手で覆った。
眉を下げた顔が今にも泣き出しそうに見えて、私は慌てて首を振った。

「いえいえ、大丈夫です」

そして、彼にぎこちない笑顔を向けてみた。


彼はしばらく私を見つめて、それからほっとしたように目を細めた。

「……えっと……熱いので」
「その……気をつけてくださいね……」

私は、張り付けたような笑顔のまま何度も頷く。

「は、はい……」

そして、震える手でトレーを引き寄せた。

嫌いだったはずの自分の名前が、脳内で何度も柔らかく響く。
胸の騒がしさを抑えながら、もう一度彼をそっと見上げる。

「あの、ありがとうございます……」

そう小さく呟くと、彼は瞳の奥まで輝かせて笑った。

(あ……)

その瞳の色は、カフェラテと同じ色をしていることに、初めて気付いた。
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