灰色の日々に、君が灯した甘い色

 
「――ありがとうございました」

両手でコーヒーを持った彼女の背中を見送る。 

今日も、五分間の再会があっという間に終わってしまった。


彼女はいつも、店から出ると立ち止まってコーヒーを一口飲む。
今日もそうしていると、若い女の人から声をかけられて、ぱっと笑顔になった。

あの、初めて見た日と同じ笑顔だった。

窓を磨くために入り口のドアに近づく。
やり取りから、道を尋ねられているのだと分かった。
 
両手を使って、コーヒーがこぼれそうなくらい大きな身振り手振りで方向を指し示す。

その一生懸命な動きが可愛くて、見ているこちらの口元が緩んでしまう。


(あの笑顔、好きだなぁ……) 


ふと、窓ガラスを拭く手を止めた。


(――好き?)


子どもの頃から父には、異性との関わりには十分気をつけるよう、何度も言われてきた。
この家で生まれたからには、トラブルを起こしてはいけない、という意味だと思った。
だから僕も、誰かに向ける感情には慎重になっている。

それが当たり前だと思っていた。


(……そもそも、名前も年齢も知らない人だよ……)

好きだとか、一目惚れなんて、有り得ない。
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