せっかち姫とじっくり武人

第3話

「隊長、お疲れ様です。まだ帰られないんですか」

 陸軍本部の敷地は広い。その一角にある三階建てのレンガ造りの庁舎の二階を、第二陸軍第一陸上戦隊の主な組織が利用している。
 訓練や任務がない日のランナルは、この二階の一室で主に事務仕事をしていた。自分が預かっている第一陸上戦隊内の人事状況の確認や、部下が作成した訓練スケジュールの確認、他部隊との連携のための共同訓練の内容の考案など、片せども片せども次から次へと案件はやって来る。
 ここ最近は国外へ赴くような長期の任務がなく、事務仕事ばかりだったので、ほぼ毎日決まった時間に帰宅できていた。しかし、今日は少しばかり立て込んでおり、夕餉の時間になってもまだ、ランナルは複数の書類とにらめっこをしていた。

「帰れるなら帰りたいんだがな」
「新婚ですもんね。その後どうなんですか、せっかち姫とは」

 ランナルの帰宅時間を案じつつも追加の確認書類を持ってきた部下のネロは、卑しい笑顔でランナルに尋ねた。どうやら、何か下品な話題を期待しているようだ。

「お前に言うべきことは特にない」
「あっ、ひどいな~。年下の若い奥さんの扱いがわからないんじゃないかな~って上官を心配している部下に、そんなふうに言っちゃいます?」
「余計なお世話だ。何も問題はない」
「はいはい……ならいいんですけど」
「上官への態度がなっていないな。来月行われる第一陸軍との共同演習の筆頭監督を任せてやる」

 雑に切り上げて退室しようとするネロの背中に、ランナルは書類に視線を落としたまま冷ややかに告げた。

「えっ、嫌っすよ~! 面倒くさくて忙しいだけの役割じゃないっすか!」
「上官命令だ。準備しておけよ」
「うえぇ~! 嫌ですってば~!」

 ランナルが再度命じてもネロはまだ文句を言っていたが、書類の内容に集中し始めたランナルにその声が届くことはなかった。
 それからしばらく、ランナルは作業に集中した。今夜中に終わらせられることは、すべて終わらせておきたい。なぜなら明日から四日ほど連休をとっており、それは結婚休暇以来の、やや長めの休みなのだ。気持ちよく休暇を過ごすためにも、仕事は可能な限り後回しにせず、すっぱりと片付けておきたかった。

 今日は仕事が立て込むとわかった昼過ぎの時点で、家には使いを出した。妻も使用人も夕餉は先にとっておくこと、なんなら寝てしまっても構わないことは連絡済みだ。使用人たちに関しては心配していないが、妻のイルヴァはおとなしく先に寝てくれるだろうか。帰りが遅くなるので、連日続けているゆるやかな開発は、今夜はさすがにお預けだ。

(無理をさせているだろうしな)

 イルヴァ付きの侍女のマーシーはたいへん有能で、日頃のイルヴァの様子を的確にまとめて、数日に一度、ランナルに共有していた。そうするようにと彼女に命じようと考えていたが、こちらが命じる前に彼女から報告があり、ランナルは感心した。
 そのマーシーによる最新の共有だと、近頃イルヴァは、日中に眠気を覚えることが多いようだ。妊娠の兆候でしょうか、とマーシーはランナルに尋ねたが、残念ながら妊娠の可能性はない。なぜなら、結婚式から二カ月以上が経っているが、イルヴァはまだ処女なのだ。それもこれも、ランナルがじっくりと彼女の体を開発しているせいである。

 手始めに抱き合うことからスタートし、肌をふれ合わせること、キス、互いの性器を手で愛撫することなど、ランナルは簡単な前戯からイルヴァに慣れさせていった。イルヴァにとってはすべての行為が恥ずかしさを伴うものだっただろうが、回数を重ねれば、恥ずかしがりながらも様々な行為をすることに、抵抗感や不安は少なくなったようだ。
 初めて舌戯をした時や、初めて絶頂をむかえた時のイルヴァの、羞恥心で頬を真っ赤に染めつつも快楽を感じて瞳を潤ませたあでやかなあの表情は、生涯忘れないだろうとランナルは思う。

(ああ……イルヴァ)

 ネロの言うとおり、最初の頃は正直、十三歳も年下の若い妻への対応をどうしたものかと考えたことはあった。しかし、イルヴァのほうに同じ悩みはないようだった。彼女はランナルとの年の差など気にはしていないようで、いつだって自然体のまま、ランナルに接してくれる。そのうえ、若妻ながらにも懸命に屋敷の女主人たらんとしていた。

 たとえば、庭師が手入れした花が美しく咲いたことや、掃除メイドが雨の日の翌日にいつも以上に玄関周りを重点的に掃除したこと。料理人が作った絶品ソースの味一つにさえ、イルヴァはしっかりと気付き、すぐにねぎらいの言葉をかけていた。使用人たち一人一人を気にかけて理解しようとしている妻の姿を見ていると、年の差などという、どうにもならないことを気にしている自分が、ランナルはとても小さく思えた。

 自分がイルヴァにできるのは、一家の主として粛々と労働して糧を得て、ただ誠実でいること。そしてイルヴァを名実ともに自分の妻とするために、彼女を孕ませることだ。そのためにランナルは、夫婦でするのは当たり前なのだとイルヴァに言い聞かせて、次から次へと淫らなことを教え込んでいた。



 ――手による愛撫で初めて彼女が絶頂した夜のことは、はっきりと憶えている。下着越しに淫核をしつこくなで回し続けていると、彼女の腰が快感をどう処理しようかとくねり、くねりと悩ましげに動き、その姿がとてもかわいらしかった。
 それまで、「夫婦にならねば」という社会的義務感がランナルの中にあったが、初めて絶頂した妻を前に、その義務感は「もっと彼女を気持ちよくさせたい」という欲望に変わった。義務感で抱くのではなく、素直に閨事を学んでいく純粋なイルヴァを、その純粋さを保たせたままひどく淫らな花として開花させたくなったのだ。
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