Fahrenheit Ⅳ

くるりと踵を返そうとすると合わない靴が脱げそうになって若干よたついた。


マックスの力強い手があたしのお腹に回り、支えてくれる。


びっくりした。転びそうになったのもそうだけど、この人にこんな風に支えられるなんて。


昔とちっとも変わらな力強さ、ぬくもり、香り。


一瞬、昔に戻った気がした。それはあたしたちが壊れる前の―――?それとも壊れた後の―――?


「Are you OK?(大丈夫か?)」マックスが心配そうに顔を覗き込んできたが、あたしはその手を乱暴に払い


「It's OK.(大丈夫よ)」


マックスとの昔を考える自分はどうかしている。やはり啓と瑞野さんが中良さそうにしていたのを見たから、か。


きっとそれが影響しているに違いない。昔のオトコに縋りつくなんてみっともない。啓や瑞野さんを責められる立場じゃないわ。


それを考えたら明日自分がまともに仕事ができるかどうか不安だった。


今日は何も考えず早く寝よう。


そういう意味であたしは多くを語らず部屋を出た。


ホテルからタクシーを乗る際に雨が降り出した。まるで天候にまで裏切られた気分でうつろな気分に拍車がかかる。


ホテルを去る際、まるで逃げるようにスマホの電源を切ったままだということに気づき、何となく電源を入れると着信履歴が残っていた。


啓―――からだった。


でも掛けなおす気力も勇気もない。


LINEも入っている。それは葵さんからだった。


”瑠華ちゃん元気~?明日の夜暇?どっか飲みに行こうよ~”


またこの人は。あたしの財布が目当てだとは分かっていたけれど、でもマナミさんの件もある。葵さんに付き合ってもらう必要があるから事前に相談した方がいいだろう。


あたしは


”分かりました。また連絡します”とだけ返信して再び電源を落とした。


この夜、なかなか寝付けなかった。薬も飲んだしアルコールも入っているはずなのに。


ほぼ明け方まで眠れず、あたしはまたも寝坊をやらかしてしまった。


それでも自分が壊れかけている姿を見せたくなくていつも通りの恰好を装って会社に向かった。


そう、壊れかけていたのだ。どこかで歯車がかみ合わなくなった。その噛み合わなくなった歯車はいつ直るのだろうか。


もう直ることなんてないのだろうか。


時間が遅れたことによってみんな心配そうにしていた。特に佐々木さん。


彼には丁寧に謝った。


佐々木さんはほっとしたようだった。


優しい人。


でも、今あたしが求めているのは優しさじゃない。


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